『デ・シャンは語る』(マルセル・デュシャン 聞き手 ピエール・カバンヌ ちくま文庫)

 マルセル・デュシャンの名は、学生の間で特に美術に関心がなくとも囁かれた名前で、私もことある度に目を止め、書かれたものがあれば読んでいた。振り返ってみると、美術系の評論家から美術家、画廊主、画材屋店主から一般の教師、メディア関係者から、その名を聞いていた。

 仲間内でも、何かを創作している友達には人気だった。デュシャン自身は絵描きだから、発言はほとんどないが、美術雑誌などに連載された彼の作品を短く説明する文(キャプション)にまで私達は注目した。

 本書にあるように、聞き手のピエールは冒頭で報告している。デュシャンの発言は、

 ―― 今まで彼は、1946年および1956年にJJ・スウィーニーと、そして1961年にBBC放送でリチャード・ハミルトンと対談している。―― 

とだけだった。

 彼は書く、「(以下の対談は)ひとつの驚くべきモラルの教えとなっている。」と。そのすぐあとで、デュシャンの発言を伝えている。

 ―― 「将軍たちが馬で、死ななくなってからというもの、

      絵描きも画架の前で死ななくても、よくなったのですよ。」――

 私たちは若者である事もあって、自信が無かったからかも知れないが、大切にしているモノやコトに関して、口を開くことは少なかったし、特に倫理には敏感だった。

 当時の私たちに、それがヒットしたのだろう。何をするにしても、デュシャンのコトバが頭に浮かんだ。今、振り返れば把握するまで読まなくとも、ことあるごとにデュシャンを理解していると思えたのだ。

 本書も再読だが、その当時から、ずっと読んでいた気持ちになった。字面を追うだけでも、大変面白く楽しいが、コトバを覚えれば、少なくとも創作に関しては、根処を持って分かるようになるはずである。

 ジョン・ケージの「偶然」も、デュシャンに依っているらしい。


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# by ihatobo | 2018-05-25 09:12

『読む力』(松岡正剛/佐藤優 中公新書ラクレ 2018年)

 身につまされる物語が続いたので、新たな物語を求めて、本書を読んだものの、本はどんなカタチであってもひとつの物語が綴られているものだ、ということを改めて確認した。タイトルにあるように、古今東西の名著が150冊紹介、論じられている。

 そのうち私が読んだことのある本は10冊足らず、うーんと唸った。もちろん名著であるから、書名筆者はもう少し数が多かったが、実際には読んでいない。彼らは、読んでいる本の数が桁外れなので、一冊に情報を短く圧縮しているから、密数のいう「横超」が出来る。

 松岡 ― 今のように、佐藤さんの専門ではない事柄を佐藤さんの表現で語ることが大切です。―

 この箇所は、思想/信条を語り合っていたのに、佐藤が突然、恐竜についての最近の新解釈を披露した時に、松岡が返した発言。

 つまり、自分の現在持っている知見で新しい事実に対処することが、その発言者にリアリティを与える、ということだ。「横超」を持ち出さなくても、こうした書物に対する真剣さが最大の特徴である本書には、私程度の本読みにまだまだイケルという意欲を与えてくれる。

 上の会話は図鑑も本だ、という流れに繋がれていくのだが、図鑑や辞書に入り込むと、出てくるのがしんどいので、今回はとりあえず。ということで、お茶を濁しておこう。

 その佐藤優が今月、新刊を出した。今度は小説である。読んでみたいと思った。


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# by ihatobo | 2018-05-18 07:43

『あんこの本』(姜 尚美 文春文庫 2010→18年)

 著者は「政治」「政治思想」を研究する社会科学の学者だから、社会に起きる諸現象を、その研究対象にしている。そのために、守備範囲が広い。

 本書で扱われるのは「あんこ」だが、学者であるから、まず物質としての「あんこ」のいわば定義をしてから始めている。

その組成がでんぷん、繊維質の他、それに付き物のビタミン群と述べたあと、その「小豆」の歴史、分布と続き、その社会的な役割(元来が医食同源としての薬効について)と、その地域ごとの呼び名、歴史的な変遷と詳しい。

一部分を紹介すると、牡丹餅と御萩は地域別の名ではなく、あんがボテっとした固まりだから牡丹で、御萩は丸くならしてあって荻の葉に似ているから、という通称ではないか、という。はぎは萩、ボタは牡丹だという。

 是非、読んで頂きたい。安値であるし。それこそ「豆博士」になれる。棚から牡丹餅。

呼び名というコトバを使ったが、著者は「小豆」「あんこ」に関する文献を猟歩しているからで、餡は古くは~という記述が続く。「あん」漢字を書ける方は、そう多くないはずだ。

 本書は、旅のガイドも出版している版元が最初なので、大変、読みやすく社会科学に必須の「フィールド・ワーク」も経ている。綿密な本である。もう一回、安いし!


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# by ihatobo | 2018-05-11 10:16