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お知らせです

いーはとーぼの元スタッフさんが文芸同人誌
「かわいいウルフ」を発行します。
文芸ユニット「海の響きを懐かしむ」代表の小澤みゆきさんによる
20世紀の作家Virginia Woolfをあらゆる角度から
特集した、豪華本!です!
全国の独立系書店で販売します。
もちろんいーはとーぼでも販売します!入荷は5月8日頃になります。
いーはとーぼの文芸員も寄稿していますので、是非、手に取ってご覧
になって下さい。見本誌も店に置きますので、立ち寄って頂ければ、幸い
です。
告知サイトはこちらから
https://woolf.ofuton.in/a0107688_12472892.jpg




by ihatobo | 2019-04-28 13:01

『長子ってこんな性格』(五百田達成 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2017年)

 私事だけれど、私は長男(長子)で、著店で見た時はどの意味だろうと思ったが、ページを開くと察しがついたので買ってきた。生まれ順による性格の類型的な解説だろうと判断したわけだ。ところが、もう少し詳しい調査の結果が、盛り込まれた実証的な記述が続き、説得力がある。

 人は自分では他人の性格を観察することは出来るが、自身のことは客観視できない。そこで、この手の本が売れるのだろう。ちなみに辞書によると、長子には総領(すべおさめること)と、長男の意味があるそうである。

 内容は、当然長子には身内に年下がいる(妹、弟)わけだから、優越感と同時に彼らに様々な事柄を教える。それが家族内の役割のように固定される。本人は、その役割を自覚して張り切っているわけではないから、自然の成り行きに任せている。

 その為に、周囲からは人に親切、面倒見がいいと好感されるが、反面お節介、主張を曲げない頑固者と見られる。そして、その評判も彼(女)は自覚しているから、放っとかれることを望む。といった事柄が各々、立場を変えた言い方で述べられている。

 大変面白く、自身を考えるのに参考になった。長子ではない方も、読んでおけば兄、姉に対する心の負担がなくなる、と思う。シリーズには中間子、末っ子、一人っ子の4冊があって便利。

 「心を読むな、話を聞け」と野球人の落合博満が先日TVで話していたが、野球の監督(マネージャー)は、中間子の役割をチーム全体のなかで坦いつつ、自らの感性を信じて指揮をとる、矛盾した内容を持つ役なのだろう、と思った。


by ihatobo | 2019-04-26 10:15

『生きるとは、自分の物語をつくること』(小川洋子/河合隼雄 2006、08→12年 新潮文庫)

 今やオシャレどころではない、世界の美男美女が買い物、食事、おしゃべりと平日にも関わらず行き交っている原宿へ行ってきた。というのもスペインから、はるばるやって来たヴィクトルさんが作品展をやる、というから出掛けた。

 この店の壁は時折、写真、イラスト、絵画など私とスタッフが気に入ると作品展をやる。展示の期間が終わっても貼ってあるのは、高橋添司と田附勝、鈴木コージの三人の作品だが、気に入っている。飽きない。

 飽きないどこか、本書にあるように、一枚の写真が見続けていうちに物語を作っていく。今日のヴィクトルの作品も、とても綺麗な空と地面が印象を作っているのだが、こういう現場感、そこに停まってシャッターを開いた、という感じが伝わって来る写真が好き。

 対象までの距離が、作品までの私との距離であるかのような、浮遊感といえばいいのか、そんな感じがワンダフル。

 さて、本書にも、その距離感の話が出てくる。河合さんは心理療法家だから、相談にやって来た人の話に耳を傾けるのが仕事。しかし、ときに口をきかない相談者が、やって来ることもある。素人の考えだと、何とかして会話に持ち込みたいのだが、河合は違う。

 ―― 来られた方が自分の物語を発見し、自分の物語を生きて行けるような「場」を提供している、という気持ちがもの凄く強いです。 ――

 つまり、相手を前にして黙っている。彼は、自分の仕事が「現実の危険性を伴う」のを知っていながら、その場で黙っている。

 店の場合でも同じで、お客様の悩みに寄り添い、その人の言葉に耳を澄まし、何とか一区切りをつけて、送り出す。お客様はその作業が気に入って、また来ようと感じながら家路につく。それら一連の事柄は、決してマニュアル化できないし、誰でもできるようなマニュアルにしてはならない。

「心理療法家は、自分の一番弱いところで勝負する」

 私は河合さんの言葉で一番好きなフレーズがこれである。

 本書は本ブログ、二回目の紹介。


by ihatobo | 2019-04-19 10:50

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(フィリップ・K・ディック 訳・浅倉久志 早川書房 1968→77年)

 本書は映画『ブレード・ランナー』(1982年)の原作。発表時には私には無知で、映画ができたてから、あちこちから噂が伝わってきた。今のような情報システムは無くても、人の集まる喫茶店に、様々な事柄が色々な人々によってもたらされる。

 そして、その後になってTVで、この映画が放映された。この時点までは、サウンドトラックをオーネット・コールマンが担当した『裸のランチ』(原作・ウィリアム・バロウズ)だと思っていた。ま、つまり、何も理解せずに噂だけが私の中を巡っていた。トホホ…

 今回フィリップのことや監督が『ブラック・レイン』のリドリー・スコットであることを知り、冷や汗やら嬉しさを味わった次第。

 さて、物語は近未来の地球で、来ないことを願っている第三次世界大戦後の西欧と思われる都市での男女のあれこれ。それが複雑で、緻密な構想のもとに書かれた小説とも言える。それでは、ほとんどの生命体が人工物(アンドロイド)で、自然の生き物は限られた数しか、いない。

しかし、タイトルが言うようにアンドロイドかも知れないヒトが、アンドロイドらしい羊の夢を見るか?という二重の意味の問いかけとなっている。全体の記述に真実味があるものの、果たしてこれは実際にあった事件を基に作られた小説なのかと考えると、いや単なる空想でしょ。ということになる。

だが、考え始めると分らなくなる。もう一度読んでみると、まず20世紀初頭にはじまった二重人格もの、精神分析によってもたらされた潜在意識の具現化、が書かれている物語、とも読める。

 そうやって、私の頭の中の空想がグルグルと巡って、これはオモシロイ、ということになった。

メリーゴーランドか、大観覧車か、ティーカップか…はたまたジェットコースターか。


by ihatobo | 2019-04-12 10:05

『おどろきの中国』(橋爪大三郎×大沢真幸×宮台真司 講談社 現代新書 2013年)その1

 先日、随分久し振りに花を見に出かけた。その折、初めて発見したのが、薄目を開けてみると何やらピンクの空気が辺りに漂っているようで、これは奇麗だ、と思った。

 ここ23日は電車の内でも街を歩いていても、この方法だと綺麗。単に老眼が進んだだけで、このまま私から視界が、遠ざかってゆくのかと想うと淋しいが、それはそれで、いま気分が良いのだから、それでよしとした。

 桜については、小さな頃からの見聞で、たくさんの意味付を知り、木の花として素直に眺めることが出来なくなっていたが、年寄になると植物そのものの生育や衰退が、いちいち愛おしくなっている自分に気付くことが多くなった。

 桜のせいでもないだろうが、若い頃に読んだ小説、漫画、観た映画など、懐かしむ気分に素直に乗って読み返したりしている。

 手元にあった吉行理恵『小さな貴婦人』(新潮社1981年)とか、この頃には、この類の小説や漫画が

あった。決して本好きではなかったが、数多くをこの頃に読んだ。哀しい猫の物語。

 さて今回は、知っているようで他人に説明できない隣国、中国のおはなし。決して中国が好きなわけがない中国を、研究する三人の学者による鼎談(ていだん)本である。知っているところは納得し、初めてのところは驚いた、知的な面で面白い本である。

 では、どこがということを、次回に述べて行こうと思う。


by ihatobo | 2019-04-05 10:05