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『自分ひとりの部屋』(ヴァージニア・ウルフ 片山亜紀・訳 平凡社 1929→2015年)

 本書は1928年秋、著者が大学と協会で行った講演を下敷に、加筆、訂正したもの。演題は「女性と小説」から始まり、一貫してこの時期の女性を取り巻く社会状況に対して、女性はどのようにしたか、どうすべきかを論じている。

 時は近代の幕明けで、都会が多数の人々を集めていた。都会は馬車や自家用車を始めとする鉄道が敷かれ、それに附随する燃料基地、停車場が設備され、そこに従事する人員も集まった。

あるいは集まった人々の子どもたちのための教育施設、交通施設の他、彼らのための遊墟施設(公園のすべり台、鉄棒…)と、消防、消化施設など、この時期以降に備えられた都市生活のための施設機構が出現する。

 印象派の絵画に描かれる自然や人々の文化活動、レジャーなどを思い浮かべれば、彼らが移りゆく自然社会を記録しておこうとした意志を理解できるはずだ。

 本書は冒頭で小説について語り始めるが、当時、未だ体系化されていなかった「社会学」を狙上にあげ、彼女の関心が社会を科学して掴みたいという願望を、既に持っていたことがうかがえる。

 その後、社会学は社会の発展と共に歩み、細分化し現在は「都市社会学」や「家族社会学」といった研究もされている。彼女が、そうした関心事を研究・蓄積するには「小説」の技法が最適であったのだろう。

 本書もエッセーではあるが、小説的な展開がなされていて、その気になって読めば、あるフィクションとしても読めるようになっている。


by ihatobo | 2019-01-25 10:23

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』(マイケル・ピュエット&クリスティーン・グロス=ロー 熊谷淳子・訳 ハセカワ文庫)

 先回の「まるふく眼鏡店」式のメガネを、実際に造ってもらった知人に尋ねると、「確かに」楽に見えるようになった。「ただメガネを変えただけなのに」肩の荷が下りたよう、という。先回は実用書だが、今回は「哲学」書である。

 しかし、哲学もまた心理を知るための道具であると考えれば、普通に見えるのが楽なのに、道具に凝って「よく見える」ようにしても、疲れるだけで何も見えないのと同じになる。と私は思う。

 著者は教師だから、たくさんの知を持っているしそれを実際の場面(教室)で、講義をするわけだからコトバで確定しておかなければならない。学生にしてみれば、それは「真理」であって、それを受け止める側だから、そのコトバに連なるコトバたちを、前もって獲得しておかなければならない。

 その作業のなかで、当然疑問が湧くはずで、それを質問する。すると授業が活性化し、ますますオモシロクなるという順環が生まれる。という仕組みになっている。しかもハーバードの学生でなくとも、本書の最初のページから正直に読んでいけばわかる。

こんなにエキサイティングな行間は、私には久し振りである。

たとえば孔子は、初めに抽象的な大問題をいくつか出し、概念化して体系を作って行ったと思われがちだが、孔子は「きみは人生をどう生きているか」と問うことから始めたという。「哲学者はすぐに壮大な問いに飛びつきたがる」「自由意思」とか「人が生きる意味」とか「道徳」とは、いう風に。

しかし、そうした大問題ではなく、前述のように正直に読んでいけば、そこから大問題に発展してゆく道筋が導かれる、という。本書にしても、そのように考え→読み→考えを絶え間なく続けてゆけば、その「過程」が「道」であり到達である。

私もそう思う。西洋式では途中で途切れてしまうのだ。

まだ8分の1ほどだが、よし読もう、というところ。

また途中経過を、ご紹介しよう。というところで続く。


by ihatobo | 2019-01-18 11:04

『ビブリア古書堂の事件帖』三上延(メディアワークス 2018年)

 本シリーズが始まった際に、書店で見て紹介したのだったが、本書を読むと主人公がずいぶん増えており、人物紹介のページが設けられているものの、違う物語の感じが付きまとった。そして、ヒット・シリーズをコテ入れして、長く伸ばそうとする意図が見えて違和感を持った。

 終わりに、その言い訳締めたあとがきがあるが、どうもしっくり来ない。

 美しく賢い栞子と大輔の誠実な物語として、私は記憶しておこう。にしても、物語はオモシロイ。栞子と大輔に生まれた扉子も登場して、本にまつわる人情噺としてバツグン。謎解きも兼わっているし。


by ihatobo | 2019-01-11 09:22

『エチカ/スピノザ』その2

 昨年は女優の樹木希林さんが亡くなったが、長くお店に来ていただていたお客様の女優さんも、同じ病気で亡くなってしまった。

 その樹木さんを配役して、カンヌのパムルドールを受賞した是枝監督は、会見で「足元に小さな物語」を(探す)という意味の発言をしたが、前回紹介したスピノザも、煎じ詰めれば同等のことを述べているから、今世紀になってから世界の人々の関心が、同じ方向を向いていることが伺える。

 スピノザが、もう一度人々に再評価されたのも、最近になってからである。人々の同意を得ようとすれば、いつの時代でも同じ作業に戻って来るものだが、足元に小さな規範を探すことが、取り分けいま必要なのだろう。私たちの店でも、スタッフやお客様すべてに通ずる規範はない、と言っていい。その都度、ご破算にして計り直さなければならない。

 さて、今回はスピノザ2としたが、先回紹介した『夜想曲集』(標題作)をそうした観点から読み直すと、実に合点がいく。他人の口車に乗る主人公を言外に戒める英国人の国民性、他人を気にしてしまう気質を分かっていながら、承服してしまう本心というのだろうか、そうした人間性、社会性が物語を作るのだ、と私は思う。

 樹木にも、そういう事情があったに違いない。

 物語とは、不滅なのだろうか。

 新年あけましておめでとうございます。

 本年も当店と当ブログを宜しくお願いします。


by ihatobo | 2019-01-04 10:35