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『魔法のメガネ屋の秘密』(早川さや香 集英社 2018年)

 年の瀬になって、出版不況のせいか、専門的でコアな取材、評論本が相次いで当店に献本された。一冊は、大手出版社で長く漫画誌の編集を務めた垣内克彦による「よく見る」と「楽に見える」眼鏡の違いを解説する、90年余りただ一心に「目を見てきた」メガネ屋さんの作業内容本。

著者は健康、美容関係の本を多数、手掛けてきたライター/エディターの早川さや香さん。遂一紹介したいのだが、それでは全ページ写すことになるぐらいの実用書である。書店で手に取ってみて下さい。「老人」の方は特に。杖をついていた方が、「とよふく」さんのメガネをかけた突端に、スクっと立って歩いたそうである。

 特に私のような老人には、ありがたい本である。

 二冊目は『失われた娯楽を求めて』とタイトルされた、気鋭の文芸評論家である著者は、出版企画、編集、ライターという鋭い足跡を持った出版人。まえがきに、自身の漫画との付き合いを述べて、その偏愛が伺えて微笑ましい。

 漫画ばかり読んでいても、著者のように立派な出版人になれる、という見本。自著があるから立派、というわけではない。彼のように、しっかり読み込まないと。


by ihatobo | 2018-12-28 10:33

『エチカ/スピノザ』(國分功一郎 NHK 100分de名著テキスト)

 気が付くのが遅くて、番組は来週で終わってしまうのだが、スピノザ『エチカ』を要領よく解説しているので、取り急ぎご紹介します。

 スピノザは1632年(日本では江戸時代初期)生まれ、信仰のあついキリスト教徒で、交場が唯一許される長崎にもやって来たイエズス会系の信徒。つまり番組では、その宗教的な言動を除かず、中世と近代の間の時期に、活躍した彼を紹介している。

 著者の國分功一郎は、スピノザの「自由」に注目して、その入り組んだ論述の展開に迫るが、『エチカ』の論述そのものが主客転倒といおうか、事実(証明された事柄)が次々と積み重なり、どこまでも伸びてゆく、という具合なので全体を鷲掴みすることが出来ない。

 しかし、スピノザのコトバを捉えて國分は「神すなわち自然」には、実に「豊かな力」がある。といい、仮おさえとしてひとつひとつの土台を積み重ねていって、あらゆる物事を実現することが「自由」であり、それを実感する意識がある。

 だが、意識は眠っている時はない。つまり覚醒時にのみ「自由」だとしたら、何か割り切れないものが、残るのではないのだろうか。例えば、私は煙草に依存している。それが自分にとって自然なのだが、場合によっては「恥ずかしい」と感ずる。それは、意識があるからだろう。

 著者は述べてきた事柄を、たった今の「現代社会」の中で生きている私たちの意識、刻々と変わってゆく意識を何とか土台に落ち着かせるべく、指嗟に富んだ提案を次々と記述している。

私たち接客業にも「~の場合は、こんな風に笑いなさい」というマニュアルがあります。しかし私は、そうしたマニュアル接客を好みません。

「組み合わせとしての善悪、力としての本質、必然性としての自由、力の表現としての能動、主体の変容をもたらす真理の獲得、認識する力の認識…」という彼の記述をヒントに、自分で考えてゆくしかない、と私は考えています。


by ihatobo | 2018-12-21 10:26

『現実脱出論』(坂口恭平 講談社 現代新書 2014年)

 著者は、建築家であるにも関わらず、小説を書き、絵も描く。というマルチタレントだが、本書を読むと、その各々が密接に絡み合って、著者の才能を形造っていることが分かる。

しかし、器用貧乏とは違う、各々の手法を突き詰めてゆくと、作品が彼の中で共鳴し絡み合ってしまう、という具合なのだ。その為に、本人はたまにどれが本当の自分なのかを問い詰めたりするのだが、それが徹底した探求である為に、間に合わない。結果、濃いのに浅くなる。

 とにかく、すごいスピードで探求していく。立ち止まって、味わう暇がない。

ということは情緒的な回顧は無用で、彼の作業はキカイ的に、先へ進んでゆく。その為に各々の手法の自己表現が量産される。

要するに、アウトプット型の体質なのだ。にしても内実がなければ、表現意欲は湧かないわけで、いわゆる「才人」ということなのだろう。

本書を書き上げるまでに、6年を要した(あとがき)というが、トッチラカッタ言葉をよく本になるまでにしたと、と思う。量的に、ここまでの量と付き合うと、私にも経験があるのだが、「一過性全健忘」という、一挙に全てのコトバが失われ、世界はひたすらに暗く、自分の身体が闇に溶け込んでゆくようになる。

それ以来、目の前にある事物を、ありのままに眺めていられるようになった。その時に「光」がほしいのだ。著者は「ハッキリと希望が見えている」と記しているから、強い人なのだ、と私は思う。

それにしても、黒の新書本というのは、初めてだった。


by ihatobo | 2018-12-14 10:29

『学校で教えてくれない音楽』(大友良英 岩波新書 2014年)

 前回、紹介した堀田さんは、ヒトに何かを教えたくてモノを書いていたわけでなく、自分に溜まっている文(文字)を各々に関係付けるように文章を作ってゆく、というやり方だったが、これは音楽に似ている、と読みながら思った。

 本ブログでも何らかの本を紹介し、広めようとしているのではなく、これだったらあの本、この本ならまず、あれを読んどかなきゃという具合に、引き継がれているのであって、他に意図ではない。鴎外が作品から受ける印象とは裏腹に、女性を難詰する手紙を友人に書いたように、文士も公私は別々にあるのだが、音楽家もまた、そうである。

 それは詮索ではなく、音楽自体が作品として成立(公)しているものと、それ以前、以外の音楽(私)とがあるものだからである。

 本書は、ライブやコンサートで知り合ったミュージシャンや聴衆を招いて、会話を重ねたり、時々のライブの場を振り返った記憶の記録。あるいは大友が、立ち上げたオーケストラのメンバーとの記録の確認。それらは部外者である私にも、思い当たる事柄が述べられていて、大変興味深く読んだ。

 章タイトルは 1、音を出す2、うたってみる3、学校じゃないところの音楽4、学校じゃないところで教わった音楽 となっていて、上述の文字と文章のように、歌と声を出す事の違いと同等で、音楽とは何か、うたとは何か、という本質的な問いにまで迫っている。

 大友さんが精力的に音楽活動を展開してきたことは、本ブログの読者はご存じだと思うけれど、本書を読むと、それ以上に距離の移動も含めて、手法としても限りなく、あらゆる手を尽くして自身の表現意欲を発散させていることが分かる。しかも密度が高い。

 そういう訳で、かなり異質な本になっている。

 編集者が、よくここまで総めたものである。


by ihatobo | 2018-12-07 10:52