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『運命の歌のジグソーパズル』(加藤登紀子 朝日新聞出版 4月)

 私たちの若い時分(1967~71年)には、商業的な呼び名としてのフォーク・ソングがあり、英語の意味とは違う、ほぼ流行歌といっていい歌が、その名で呼ばれていた。

例えばマイク真木「バラが咲いた♪」長谷川きよし「別れのサンバ」の他、浅川マキ、三上寛といった名がすぐに思い浮かぶ。その中でもフォーク・クルセイダースの「帰ってきたヨッパライ」はラジオから1日に何度も流れたし、彼らの2作目「イムジン河」は、美しいバラードでアパートの部屋で私はギターを抱えて歌っていた。(恥ずかしい)

 そんな状況の中で、本書著者の「ひとり寝の小守唄」も聞いてはいたが、記憶では、もう少し古い歌謡だった。

 本書で知ったが、「ひとり寝の~」がコンクールで賞をとり、次々に異なるスタイルでシングルを出していた、ということから、そのうちのどれかが混じっているのかも知れない。

 しかし、この「ひとり寝の~」は元歌があり、その経緯は本書で詳しく語られているので、そちらを読んで下さい。本書タイトル通り、深く広いジグソーパズルが描かれている。私個人の記憶や経緯も様々に想い出られ、「あぁ、そうだったのか」というのが幾度もあった。

 また次回に、つづく。


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by ihatobo | 2018-07-27 10:05

『100分de名著 アルベール・カミュ『ペスト』』(中條省平 MHKテキスト 2018)

 グズグズしているうちに番組は始まり、終了していた。6月の『100de名著 アルベール・カミュ』も、テキストが充実しており、今回、紹介することにします。カミュは、『異邦人』が有名で、人伝てで聞いた同書を、大学生の私は読んでいる。

大学生の頃には、既に文庫になっており、短い安価ということもあり購入して読んだが、衝撃を受けた。若い時分というのは、ただ普通に生きているだけで「不再理」なのだろう。共感したのだ。その頃「実存主義」のサルトルも有名で、主著『嘔吐』も買って読んだが、こちらは厚く、当然長い。ピンと来ないまま途中で積ン読組となった。

当然、私はサルトルよりはカミュが贔屓(ひいき)で、得意になった。「反抗」のコトバも、そんな私にヒットしていた。さて、本テキストで大概のカミュ像を把握することが出来だが、「反抗」は深く、長い内容を持っていた。

 カミュに興味のある若者!彼の著作の全体像も知ることが出来る、本テキストは安価で薄い、是非、手にとって読んでみてはどうだろう。

 私も、ここで知った全休像を基に『ペスト』を読んでみようと思う。面白そうなのだ。「記憶」のなかではカフカの「域」と区別が、出来ないことだし。


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by ihatobo | 2018-07-20 10:05

『河合隼雄スペシャル』(河合俊雄NHK 100分de名著テキスト)

 本書はTV番組のテキストだが、語学ではなく心理療法家、河合の著作を紹介する番組の副読本。

喫茶店を生業としている私は、友人で医師の熊野宏昭に、日々の対人(客)トラブルを相談しているうちに、彼のいうことに何か背景があるに違いないと考え、その他の事柄についてもレクチャーをしてもらうことになった。

彼は院生の時分に店を手伝ってくれていたこともあり、店での客あしらいがどんなものなのか、見当がついていたこともあり、自然に彼の講演が実現することになった。そこで私も学生時代に、雑誌社でアルバイトをしていたので、そのレクチャーを自主本にして残そうと思い立った。

当店の自主本(1987年)は熊野の協力によって始まった、といえる。この本は、今も、お店の運営に役立っている。本には載っていないが、熊野の勧める本の中に、「心理療法家は自分の弱いところで(クラアントと)勝負している」という意味の記述があり、私にヒットした。

 他にも『昔話の深層』では、この装丁が友人でもある鈴木コージの絵が表紙を飾っており、ますます親近感を持ったのである。

 さて本書は、4回分に章立てられており、昨夜2回分「人間の根源とイメージ」が終ったところで、語学はリアルタイムで内容を実践しつつ記憶してゆくのが本来だが、本書の場合いは、論考を支える用語を知っておかないと、観ていただけでは頭に入ってこない。

 その意味でもテキストがあると便利で、特にその用語を簡単に解説する脚注が乗っているのが分りやすい。

 第一回目が総論になっていて、医師の基本的対度とその必然性、昨日が「根源」と「イメージ」という用語を詳しく解説すると共に、自分の人生に対応させて読むと、大変魅力的な記述が溢れており、「心理療法」のガイドのなか、人間の存在の仕組みのガイドなのか、分らなくなるほどに説得力がある記述が続く。

 次第三回が河合の作品にあたる「昔話」と神話、そして、その人間にとっての必然性が「深層」として述べられている。最後に、そんな人間である「私」に戻って第一回の総論に戻る、という構成。(「私」とは何か)

 とにかく、遂一読み込んだら、膨大な量の情報が詰め込まれている。本書を手に取って見て下さい。

 きっと役に立つコトバに、出会えると私は思います。


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by ihatobo | 2018-07-13 10:17

『司馬遼太郎がゆく』(半藤一利、山折哲雄ほか、小学館6/11 2018)

 以前、紹介した松岡正剛/佐藤優(『読後術』中松新書)のお二人の読書量もすごいが、本書著者は『竜馬がゆく』を書く際に集めた資料(書籍、雑誌や絵巻物など)が合わせて1トン、3000冊だったそうである。金額にして(1960年代前半の価格で)1000万小さな家なら34件が買える値段。

 しかし、集めただけでは司馬の記念図書館をつくるだけになる。それを“全部読む”そうである。いやはや…彼は子どもの頃から本好きで、近所の図書館は読み終わり、就職してからも担当の寺院の書庫、大学の図書館と次々に読了してゆく。

 いや、私は店のお客様で、そういう方を知っていて、わずか「コーヒー、一杯飲む」あいだに、単行本の他、書類なのか分厚いコピーの束を次々と漫画を読むように、さっさとページをめくって行くのを見ている。「カメラなんですよ。ページを写し取っているんです。」

 『街道をゆく』(197196年 「週刊朝日」連載)の最後の担当編集者・村井重俊が、井上ひさしの言葉として引用している。

 事実、読後に写した写真を読んでいるかのように、空を見てしばらくの間、ボーとしているのである。奇妙な何か美しい、それは風景であった。本書は言わば、執筆者それぞれが写した司馬の写真を文字にした、とも言えそうである。

 改めて、彼の作品を読んでみようと思った。


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by ihatobo | 2018-07-06 09:24

『ドビュッシー音楽論集』(平島正郎・訳 岩波文庫 1921→96年)

 最近の私達の店は、すっかり先祖帰りしてジャズ喫茶になっている。それも、コンテンポラリー・ジャズではなく、古き良き「ダンモ」。

40年間、その時々の新譜をかけて来た当店としては、不本意でもあり、そのうしろめたさがないでもないだが、その40年よりも以前のジャズは、かけていなかった訳だから、私にとっては新鮮で気分がいい。いや実際、聴いていない素晴らしいアルバムが、まだまだたくさんある。という認識で楽しんでいます。

さて、そこで「ダンモ」の前、単にジャズと言われていた時期、つまりモダーン・エイジの前の音楽を、批評した本書を読んでおこう、というのが今回のテーマ。

今はクラッシクの大作曲家であるドビュッシーも、時代の新しい作品を懸命に研究していたことを示すのが本書で、作家自身が新しいものを求めて、論考を残していた。

その守備範囲は、当然19世紀から20世紀初頭の作品で、ベートーベンからワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、グリーグ、ベルリオーズ、グノーと中学の頃、暗記して試験に臨んだ際の名前がズラリ並んでいる。

彼は、それらの作家の作品を批判的に読み込んで、自らの作品を作っていたのだろうか。

 その彼の作品の内容だが、例えば、ある聴衆のひとりがドビュッシーの「旋律を抹殺」しているのを褒めたのに対し、彼は「私の音楽は全て旋律でしかあるまい」と努力しているのですよ!と抗議していたという。(訳者による覚え書き)

 つまり、流動的な持続そのものが進行する時間のなかで「線的な声部の動き」が組み合わされて和音を形成し、音色に変化をもたらせ、結果ポリフォニックな響きが実現されている。

よりシンプルにいえば、心地よい響きがリズム/メロディ/ハーモニーに支えられているのが、彼の音楽ということになる。

 そして、それは取りも直さず私達が日頃、耳にしているポップスなのだ、と私は思う。クラッシクの批評言語は、耳慣れないかも知れないが、クラッシクは別に堅苦しいものでもなく、難解でもない。良いものは心休まるし、活力が湧く。

 というわけで、本書によって中学の教室に先祖帰りしては、どうだろうか。夏休みも近い。

 朝のラジオ体操でも、やってみたらどうだろうか。


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by ihatobo | 2018-07-04 05:24

次回予告


 先週は、お休みしましたので今週は、『ドビッシー音楽論集』(岩波文庫)を、ご紹介します。



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by ihatobo | 2018-07-02 16:16