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『うつ病 九段』(矢崎学 文春文庫)その2

 今週は、以前から当店で紹介している作家の新刊が次々と出版されて、私はテンテコマイ。だが、まずは前回の続きをやっておきたい。何しろ面白いのだ、本書は。色々と人生の参考になるし。

 著者は、47回目の誕生日を迎えた翌日から日常を書き始め、日々の格闘を綴ってゆくのだが、その記述が生々しい。その中で、「ただただ脳が詰まってゆくのである」という一文は、直に私に届いた。こうは私自身表現できないのだが、よく分かる。その状態の自分が想像できるのだ。

 この「詰」んでゆくのは、将棋の用語だが、他のコトバで言えば、今回は敗けだ、と観念した時の、追い詰められて進退極まった、という感じである。これは自分が冷や汗を滲ませているときの状態。夢の中で味わう「夢の中なら醒めてくれ」と願う、あの感じ。

 そのうちに、そういう夢は若い頃によく見ていた、と思い至った。そう思い返すと、何か懐かしく、また見たい、と思う。そんな行きつ戻りつが、実際の文の流れと重なる。それについて、精神科医の兄は言った。

―― これはな、学(…)立派なうつ病なんだ。しばらく休まなくては、とても無理なんだ。日本一の治療環境を用意したんだし、これ以上、私を困らせないでくれ――

この経緯で本人は同意することになったが、実際の入院までは、もう一度山があり、“平成29年(…)私は「入院」した”

 …実際に、ここに記された通りだったのだな、と想像できた。いや本人は元より、お兄さん、家族も巻き込んで大変な数日間があった。ということは、よく分かった。

 ―― うつ病は死にたがり病だ ―― と前回書いたが、本人も含めて周囲の方々が居てこその一大事業だったことに、感動すら覚えた。

 オススメ本です。


by ihatobo | 2021-05-21 10:27