『名人』(川端康成)その2

 前回の前に本作の設定は、名人の引退碁を取材する新聞記者を語り手とするカタチで、物語が進んでゆくのだが、時に語り手が物語を飛び出してしまうことがあり、メタフィクションともいえる箇所も含んでいて、全体を紹介するには私の手に負えない。

 そうしたなかに、初回のように明確に区切られて写真が語られ、他の将棋や歌謡が挟まれていて興味が尽きない。

 それらのエピソードに並んで、西洋人の囲碁にも触れ、ゲーム、プレーのコトバを使って

 ―― 一般に西洋人の碁は気合いに乏しいと言われる。

 ―― 私はアメリカ人と打ってみて、その人の国に碁の伝統がないことも感じた。

と述べる。

 そうした碁の解説は、前回の写真に関する記述のように、国際性や碁の抽象性、さらに芸術とは何か、という具合に作者の思考は深まってゆく。それにしても、この小説は観戦記を越えて、当たり前だが、フィクション、造り物に完成されている。

 それ故に、登場する人物たちが私に間近にセリ出してきて生々しい。写真に触れたスグ後に、その同時代に生きた木村伊兵衛が登場するし、ドキュメンタリーよりも生々しさを上手く表現している。

 川端本人にが、この名人・本因坊秀哉の死に顔を撮っているらしく、その一連の「取材」を集め、構想を練り、いざ執筆に向かうまで、多年の月日を要したのも頷くことが出来る。つづく。


[PR]

by ihatobo | 2018-09-09 11:45