『モデルニテ』(小林康夫・松浦寿輝・松浦寿夫 思潮社 1998年)

 前回紹介した松浦寿輝を初めて知ったのがこの本で、それで『明治の表象空間』(新潮社)を読み、本ブログでも紹介した訳です。

 初読の時は、私のコトバのストックが少なく、こんなに緻密な内容が並べられていたのか、と今回、気づかされた。『明治の表象空間』は根気がいるので、まず既知の本書から、と考えたが相手は3人で、その一人ひとりがスーパー・インテリだから、少しは理解出来そうな「対談編」のなかのⅢ「モダニズムの外部」(小林/松浦寿輝)を読んだ。

 私の世代では馴染のある、モダン/ポスト・モダーンの区分だが、そうやって区分すること自体がモダンを前提しているから、モダーンではなくモダーンの外部。モダーン期にあって、それに靡なかったものはなかったか、という検証がここで進められている。

 時代に靡かず人々を説得できるものといえば、男女のやり取り、交換、分担…はいつの時代にもある。ということで、それを「普遍」とまでしなくとも、そうしたものは何か、という文脈の先で、

 ―― つまり、近代(モダーン)というのは…<女>を発見するのです。――

                                     と小林は述べる。

ここで、この章がぐっと私に近づいた。

 初読時の鉛筆が入っているにも関わらず、ヒットした形跡はない。ちゃんと読もう。自分に言い聞かせる始末であった。外部―女というその先に、「写真」が出てくる。昨日の新聞に、載っていた写真家のセクハラ事件折しも、嫌気がさしていたところだったので、本書を読んで嬉しかった。


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by ihatobo | 2018-04-27 10:16