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『時間飛行士へのささやかな贈物F・Kディック』

 ようやく寒くなりいつもの調子が出てきた、と思ったら既に年の瀬である。
 過日のような雲に覆われた日、店に入ると一気に時間が戻る。この時は「ブラッド」(蘭フォンタナ883911、66年)をかける。
 設備、水回りは別として、店はその都度いくどもマナー・チェンジをくり返している。それは事業所の恒常的なメンテナンスとして一貫している。
 手に取る汁器・備品・調理具の他、家具、調度もその時々の都合によって改良、改修を施す。
 そうした店の経歴がその時消え去ってしまう。その現在あるがままの店内にいる自分だけが、世界から取り残されて、過去にも未来にも誰ひとり共に佇むもののいない存在となってしまう。
 不思議といえば不思議な意識状況だが決して珍しくはない、それは殊に訪れる。
 というのも夏に亡くなった浅倉久志による名翻訳のSF短編集「きょうも上天気」(大森望・編 角川文庫)に触発されたからだ。
 その中にフィリップ・K・ディックの「時間飛行士へのささやかな贈物」があった。
 74年初出で77年に浅倉による翻訳が出たという。この店が始まった年である。それを読んだ覚えはないが、同時期に私は小さなキース・ジャレット論を書いていて、今回K・ディックを読むと、同じような文脈がその両者に読み取れたのだ。
 そのことを附会しても意味はないが、その秘そかな共有に私は高場した。
 過去とも未来ともいえるはるかな時間から帰還する三人の飛行士が、リアル・タイムへの再突入に失敗する。しかし、三人は生きて自分たちの“国葬”に立ち向かう・・・。
 物語冒頭の布石が効果を挙げるのは、こうしたSFやミステリーには一般的だが、本作のそれも美しい。
 本ブログで度々言及する“知る”“分る”の時間軸上の関係にも連なる本作に、実に34年振りに再会したような気分である。
 と書くとやはりこじつけかも知れない(笑)

by ihatobo | 2010-12-30 10:33