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『文学なんか怖くない』(高橋源一郎)その3

 スタートはある文脈で英語は「基点」である。高橋は加藤典洋に寄り添いながら、太宰や大岡昇平まで引いて、世界が初めからあるのではなく

 ―― 「文学」がその基底にある時、世界は世界として成り立つのである。―― と。

 ではその時、「文学」とは何なのか。そう彼は、繰り返し問うが、それは単なる堂々巡りではなく、一巡りごとに少しずつ登っているのだ。

 いわゆる自己言及である。それは倫理的に、先へ進むことを阻む。自分の書いた者に満足しない、くじけそうになるが再び書き始める。

 私にしてみれば、そういう行為は音楽、特にジャズに似ている。当たり前というか、それが普通のことであって、毎夜同じ曲を演奏することで日々の暮らしを立ててゆく。

演奏は、その時まで「スキャンダラスな反応」があり、行く先々で良い聴衆に恵まれ進歩、発展していくのだから。(おわり)


# by ihatobo | 2020-02-21 10:32

『文学なんか怖くない』その2

 解説者が指示した巻末の文は、まず片岡義男のエーゴ文を契機に、個人というもの、それを表す私という英語のI、そして、その相手がYOUであること、それによってエーゴ世界は出来ている。と高橋はいう。ナルホドと、私は合点がいく。

 そういえば、文学はおろか文化、社会、文明も、それで成り立っているような気になる。それを成り立たせているが「場」だ、と高橋は進める。

 そのなかで、「主婦は夫が何をしているかに興味を持たない。そして、娘は生活にあくせくしている両親を馬鹿だと思っている」で、「彼らは決して会話を交わさない」と。

 私のウチでは、その時の会話に踏み込むと揉める。私と妻、妻と娘、娘達それぞれと私。今は私たちの両親はいないので、その三者がウチを形成している。会話はあった方がいい・・・のだが、揉めるのもなぁー、という具合だ。

 しかし、ここが、どうもスタート地点のようだ。


# by ihatobo | 2020-02-14 09:32

『文学探偵タカハシさん『失楽園』殺人事件を解く』(高橋源一郎 朝日文庫 2001年)

 私の想い描く筆者は学校の先生で、シンと静まりかえった教室で、朴訥と語る彼の発言を学生たちが黙々とノートする、といったものだが、実際はどうも違うようで、本書を読む限り大変忙しい。

 表紙に大書きされている文言も、彼が書いたに違いないのだが、どうもわざとらしい。高橋源一郎は本人であるし、本人は一応「文学者」だからだ。

つまり、主人公の他に語り手がいるのは、近代小説では一般的なのだ。にも、関わらず語り手と主人公が同一人物だ、と分かるのは本物の自分を隠そうとする手立てだから、それがわざとらしいと私は感じてしまう。

 そんなことを言ったら、大体の小説はわざとらしいことになってしまうのだが、「文学探偵」高橋さんが書いているのは、小説とも評論ともつかない文章で、歯切れはいいが、何を訴えたいかは不明。

 そのヒントを解説の大塚英司が書いていて、「物書き」の「責任と義務」を本書著者は、淡々とこなしていると書く。そういうヒトがいると、いたたまれなくなるらしい。

 私は、この巻末部分を読んでないので、そのいたたたまれなさを、この次にお知らせしよう。


# by ihatobo | 2020-02-07 09:57