『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』(マイケル・ピュエット&クリスティーン・グロス=ロー 熊谷淳子・訳 ハセカワ文庫)

 先回の「まるふく眼鏡店」式のメガネを、実際に造ってもらった知人に尋ねると、「確かに」楽に見えるようになった。「ただメガネを変えただけなのに」肩の荷が下りたよう、という。先回は実用書だが、今回は「哲学」書である。

 しかし、哲学もまた心理を知るための道具であると考えれば、普通に見えるのが楽なのに、道具に凝って「よく見える」ようにしても、疲れるだけで何も見えないのと同じになる。と私は思う。

 著者は教師だから、たくさんの知を持っているしそれを実際の場面(教室)で、講義をするわけだからコトバで確定しておかなければならない。学生にしてみれば、それは「真理」であって、それを受け止める側だから、そのコトバに連なるコトバたちを、前もって獲得しておかなければならない。

 その作業のなかで、当然疑問が湧くはずで、それを質問する。すると授業が活性化し、ますますオモシロクなるという順環が生まれる。という仕組みになっている。しかもハーバードの学生でなくとも、本書の最初のページから正直に読んでいけばわかる。

こんなにエキサイティングな行間は、私には久し振りである。

たとえば孔子は、初めに抽象的な大問題をいくつか出し、概念化して体系を作って行ったと思われがちだが、孔子は「きみは人生をどう生きているか」と問うことから始めたという。「哲学者はすぐに壮大な問いに飛びつきたがる」「自由意思」とか「人が生きる意味」とか「道徳」とは、いう風に。

しかし、そうした大問題ではなく、前述のように正直に読んでいけば、そこから大問題に発展してゆく道筋が導かれる、という。本書にしても、そのように考え→読み→考えを絶え間なく続けてゆけば、その「過程」が「道」であり到達である。

私もそう思う。西洋式では途中で途切れてしまうのだ。

まだ8分の1ほどだが、よし読もう、というところ。

また途中経過を、ご紹介しよう。というところで続く。


# by ihatobo | 2019-01-18 11:04

『ビブリア古書堂の事件帖』三上延(メディアワークス 2018年)

 本シリーズが始まった際に、書店で見て紹介したのだったが、本書を読むと主人公がずいぶん増えており、人物紹介のページが設けられているものの、違う物語の感じが付きまとった。そして、ヒット・シリーズをコテ入れして、長く伸ばそうとする意図が見えて違和感を持った。

 終わりに、その言い訳締めたあとがきがあるが、どうもしっくり来ない。

 美しく賢い栞子と大輔の誠実な物語として、私は記憶しておこう。にしても、物語はオモシロイ。栞子と大輔に生まれた扉子も登場して、本にまつわる人情噺としてバツグン。謎解きも兼わっているし。


# by ihatobo | 2019-01-11 09:22

『エチカ/スピノザ』その2

 昨年は女優の樹木希林さんが亡くなったが、長くお店に来ていただていたお客様の女優さんも、同じ病気で亡くなってしまった。

 その樹木さんを配役して、カンヌのパムルドールを受賞した是枝監督は、会見で「足元に小さな物語」を(探す)という意味の発言をしたが、前回紹介したスピノザも、煎じ詰めれば同等のことを述べているから、今世紀になってから世界の人々の関心が、同じ方向を向いていることが伺える。

 スピノザが、もう一度人々に再評価されたのも、最近になってからである。人々の同意を得ようとすれば、いつの時代でも同じ作業に戻って来るものだが、足元に小さな規範を探すことが、取り分けいま必要なのだろう。私たちの店でも、スタッフやお客様すべてに通ずる規範はない、と言っていい。その都度、ご破算にして計り直さなければならない。

 さて、今回はスピノザ2としたが、先回紹介した『夜想曲集』(標題作)をそうした観点から読み直すと、実に合点がいく。他人の口車に乗る主人公を言外に戒める英国人の国民性、他人を気にしてしまう気質を分かっていながら、承服してしまう本心というのだろうか、そうした人間性、社会性が物語を作るのだ、と私は思う。

 樹木にも、そういう事情があったに違いない。

 物語とは、不滅なのだろうか。

 新年あけましておめでとうございます。

 本年も当店と当ブログを宜しくお願いします。


# by ihatobo | 2019-01-04 10:35