『あひる』(今村夏子 書肆侃侃房 2017)

 前回は、建築家の小説 / 物語だったが、今回はフツーの小説。しかし、物語の専門家、河合隼雄さんの名を探した河合賞の受賞作である。

 物語と小説はどう違うのか。明確ではないが、前者は造り上げた文の連なり、虚構ともいえ、後者は日本語のおはなし、語られるもの、私はとりあえずそう区別している。つまり、時間の外に出てストーリーが進むか、リアルタイムにストーリーが進行してゆくかの違いだと思う。


 そういう意味で、本作品は小説であり、読んでゆく最中に色々と想像力が働いた。主人公のあひる・のりたま(ガッちゃん)は、望んだ訳でもないのに、この家に引き取られて、近所の子どもたちの人気者になっている。

 しかし、急な転居と、そうした訪問者たちに囲まれるストレスで、食欲がなくなり、あえなく死んでしまう。のりたまは、転居を楽しんだろうか、それとも苦しんだのだろうか。哀しい結末である。

 のりたまと名付けられた、いきさつは?年齢・性別は?おじさんはどう思っただろう?と、色々と考えた。

 哀しい話ではあったけれど、ほんのりと愛しみの伝わる読後であった。

 小説は新刊を読むと、他の新刊も、読んでみたくなるものなのだろうか。


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# by ihatobo | 2017-08-04 09:04

『しみ』(坂口 恭平 毎日新聞社 2017)

 本書著者は、5年程前に『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)を発表し、私は井上ひさしの『吉里吉里国』みたいだなと想像して読み、驚いた。物語 / 小説からは遠く離れ、極めて具体的、実用の書だったのだ。

 その時は幾分、うしろめたくコッソリ本ブログに紹介したのだったが、今回は逆に小説 /物語である。紹介するにヤブサカではない。

 坂口は有名大学を出た建築家だが、住環境を考える余り、地域一帯を都市計画する、都市建設家として前記作品を発送したらしい。12年の新聞記事では、そう述べられている。(東京新聞 7/3 夕刊)

 ともあれ、そうした建築家の活動と、必然的に都市計画を含む構想を持って今日まで来たのだが、それは自治体規模の大事業である。私は、そうした経緯を今一度コトバにしておこうと、彼は考えたのではないか、と思う。

 行の端々に、自らの経歴と建築の情熱を語り、思考したイメージを主人公に語らせている。しかし、本作は小説 / 物語であるために、それを登場人物や設定、客観的な目を持つ外国人に託している。そして、それらの人や物や建物、自然が語り合う。

 そのために、本作は各々の場面が速い。静止した場面でも、速い。私が今までに読んだ小説でいえば、文学の革命運動の痕跡として残された、ビートニックの諸作に近い。ヘンリー・ミラーに始まる、それらの文学?は、“流れる”ように速い。

 ということは、そこに溜まっている建物を、彼は造るわけだから、そこに居て眺める場面に応じて、彼が千変万化している、ともいえる訳だ。本作は、主客や時間の順序、距離が目まぐるしく変化する。ストーリーを追って読んで行っても迷路に入ってしまう。

 そこには、飛躍も現れるが、それ故に怠屈しない。

 おもしろい話である。


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# by ihatobo | 2017-07-29 05:29

『動的平衡』その2 プラス

 研究者の論考であるから、事実を集める事から始まって、共通項を見つけ、それらの事実の本質を探るのだが、その全過程で徹底した客観性が求められるのは当然で、それはそれらに隠れた匿名を浮かび上がらせる。厳密な積み重ねの末に得られる匿名は、果てしなく自由、何をしても構わない。
 科学とは、いわばそのためのインフラを整備しているようなものである。道を踏んで、どこにでも行ける。
 本新装版は、旧版に比べて、更に短くになったハシガキを据えて、前半は、そのインフラ整備の詳細と、チームを築き上げる必然が述べられている。そうして、書き進められるに従って、いつの間にか本題に入ってゆく。

 ところで、1968年のメキシコオリンピックの際に、200m走の表彰台に上がった三人の内の、勝者と三位入賞の二人が、人種差別に対する抗議を表明するために、下を向き、拳を突き上げた印象的なショットが当時報道されたが、その時に二位入賞のオーストラリア人も、その意志を持って上を向き、抗議を表明していたことが、50年を経て明らかになったそうである。
 彼らは、その期間相互に連絡を取り合っていたが、二位のノーマン選手は2006年に死亡。その前年に、二位空席のまま、この時の銅像が、カルフォニア州立サンノゼ校に建てられたという。葬儀には、残りの二人、カーロスとスミスは参列したそうである。

 二人は各々に新自由主義、グローバリゼーションに反対し、24年のオリンピック招致に反対、カルフォルニア州を批判している。
 私は、この記事を読んで、しきりに本書を想った。共にフェアなのである。選手はスポーツマン・シップと呼ばれることを誇りにするが、あたかも科学者も事実の信奉者。共に倫理を中心に据えて人生を送っている。


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# by ihatobo | 2017-07-25 05:38