『社会学講義』(橋爪 大三郎 大澤真幸 他 ちくま書房 1993→2016年)

 吉見俊哉さんが連載している時事批評を読んでいるので、第4章「文化社会学」から読んだ。対面的な場と電子的な場に二重化している都市は、文化の多層化した場所だが、章タイトルでもある文化社会学は、文化の集積した都市を扱うのではなく、同じことだと思う方もいるだろうが、順番が違うのである。

 要約して本文以上に短くすることは出来ないので、本書を読んで下さい。144168P、新書で24P分である。立ち読みでも可能な量である。

 他に概論から始まり、つまり、社会現象を人間の本来的な営みに照らして、政治、経済、法学と渡り歩きながら、その本来的なあり方を人と人の関係であるとし、それが生み出す制度、システムの考察へと至るのが社会学である、というのが第1章である。

続く第2章は、そもそも社会学とは、何を基準として、何の必然性があるのかを問う。

3章は都市社会学で、次章と共に繰り返し論を展開して、「構造」的に社会学を位置づけようとする。いわば「社会学」学。

そして第5章に再び社会の最小単位である家族に戻る。家族は、経時的に人間が共に暮らす場なわけだから、一切社会の事柄は脇へ据いて…と。

 このように、周辺の事実を集め分析し、その営み自体を持って学問とする、という込み入った論述が、他章も含め、本書の形を造っている。

 私は、その都市で文化を扱う仕事を続けて来たので、スタッフやお客様、商店主たち、私の家族、親兄弟に説明する際に、大変便利な本であることは確か。それと、コーヒー屋さん食材屋さんも。その説明をしながら、店を運営しているのである。


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# by ihatobo | 2017-10-23 09:56

『新劇製作者』(水谷内 助義 一葉社 2017)

 阿刀田高が、物語の役者は、その陰に自らの自慢話を隠してはならない、というような意味のことを文学の夕べで述べたそうだが、本書はその物語のライブである芝居の制作者、水谷内さんが時々、書いていた文章を集めている。

 彼は1965年に劇団に入り、やがて「製作」といわれるようになるセクッションを任される。この時代、どの劇団にも、その役名はなく裏方とか営業部といわれていた。つまり、どの台本を選ぶか、どの作家を原作にするか、小屋はどうするか…といった、いわば劇場公演に向かう下ごしらえをやっていた。

68年には、後の「自由劇場」の佐藤 信に“一緒にやらないか”と声を掛けられ、前年初演された安部公房の「友達」を「青年座」で公演することになる。

 その後、製作部はプランナー、69年には俳優を育てる養成機関、つまり学校を作り、「ここから演出家や装置家、製作者」が育つことになる。こうした内容を持つ「つぶやき」(04年「テアトロ」掲載)から始まる本書は、裏方の実践記として貫ら抜かれている。

 貴重な記録であると同時に、匿名に絞った著者の情熱が、ほとばしる、ある種の叙事詩である。

 書店で、手に取って見てください。端正な本です。


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# by ihatobo | 2017-10-20 09:40

『恋する理由』(滝川クリステル 2011 講談社)

 フランスびいきの私は、当地から発信される音楽はもちろん、映画、文芸、ファッション、風俗など様々な文化現象に関心を持っている。

かといって、その文化のコアである仏語を知るかといえば、カフェ・オ・レ、トリコロール、アムールぐらいが、せいぜい。しかし、繰り返し関心を寄せていると、おぼろげながら、彼の地の輪郭がつかめてくる。

 本書は、“日仏のダブルアイデンティティとして生まれた”(帯の部分)著者の初めてのエッセー集。とても歯切れのいい文が、集められている。一言では説明できない、文化現象を短く紹介している。しかも、彼女の女性としての見方を、手際よく披露。そして何より、両国語で記述されているコトバは、新鮮で未知の領域の事柄でも、日本語で理解できる。

 例えば、エレガンス。普段、意味も分かって使っているが、それは「何だか、素敵」だし、その為に「自立」していること、「自由」であること、そして、それは「神秘的」である、という一連のコトバを含んで仏語では使われる、という具合に、私にもハッキリと理解できるのだ。

 他にも、たくさんのコトバが、フツーに理解できた。「シック」とか…。

是非、読んでみてください。巻末に日仏の「女性解放運動の歴史」が、これも短く、分りやすく収められている。


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# by ihatobo | 2017-10-13 10:34