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『ためらい』(ジャン=フィリップ・トゥーサン 訳・野崎歓)

 夏至が過ぎて梅雨が明け、さぁ夏本番!と思いきや、また梅雨に戻ったごとく長雨が続き、更に台風がやって来て、東京は秋になったようであった。その台風も進路が異常で、迷走、西日本に大雨をもたらしただけで、あのピカーンの秋の青空がやって来た訳ではない。

 さて、本作は即物的な記述が続く、いわば叙事詩なのだが退屈するかといえば、決してそうではなく、むしろ滑るようにストーリーを追ううちに、あっという間に読み終わった。といっても、内容のない軽い読み物でもなく、印象に残る場面が数多く出てくる。


 どう言ったらいいのか、ストーリーがモワレを起こしていて、同じ場面でも設定が同じでも主人公の視角が微妙にずれていたりする。そこへ行く時刻と、そこから帰っていく時刻が重なったり、すれ違ったり、と重層化されていて、内容豊富なのだ。

 というよりも、それを狙った“確信犯”的な記述なのだ。この夏のような行きつ戻りつしながら、結局は夏であるという、どっしりとした小説なのだ。


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by ihatobo | 2017-08-18 09:32

『袋小路の男』(絲山秋子 講談社文庫 04→07年 その1)

 本書が噂の作家、絲山秋子である。彼女は、06年『沖で待つ』で芥川賞に輝いた。本書表題作が、川端康成賞受賞なのだが、前回、名前が挙がった河合隼雄の本を紹介しておこう。


 興味があって『昔ばなしの深層』から読んだのだったが、それは表紙装丁が私たちの友人である鈴木コージだったのが、主な動機だった。他に必要があって、新曜社の『心理療法』(単刊本時は『心理治療法論考』)を読んだ際には、“心理療法家は、自分の一番弱いところで勝負する”という文が印象に残った。

 同書は当店の自主本シリーズで、話を伺った熊野宏昭から教えてもらった。熊野は、その後、大学で教えながら自らが、内科医として病院に勤務している。河合さんの本では、店を運営する際の心構えや事が起こった時の対処法など、たくさんの事柄を教えてもらった。


 さて、絲山だが彼女も作家なので、人間関係に関する心理の動きを河合さんに学んでいると思うが、むしろ作品に溶け込んでいて、見分けることが難しい。

 しかし、ストーリーの要所で出てくる、猫、ジャズ、ジャズ・バー、タバコ、病院など私の興味をそそる単語があって、親近感を覚える。ただ、タンカレーにはライムの方が合うし、スライスより月型カットの方が、この業界の常識である。

 それは、ともかく本作品の基調を作っている「距離感の論理」(松浦寿輝)には、シビレルのだ。

 オススメ小説である。



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by ihatobo | 2017-08-09 09:12

『あひる』(今村夏子 書肆侃侃房 2017)

 前回は、建築家の小説 / 物語だったが、今回はフツーの小説。しかし、物語の専門家、河合隼雄さんの名を探した河合賞の受賞作である。

 物語と小説はどう違うのか。明確ではないが、前者は造り上げた文の連なり、虚構ともいえ、後者は日本語のおはなし、語られるもの、私はとりあえずそう区別している。つまり、時間の外に出てストーリーが進むか、リアルタイムにストーリーが進行してゆくかの違いだと思う。


 そういう意味で、本作品は小説であり、読んでゆく最中に色々と想像力が働いた。主人公のあひる・のりたま(ガッちゃん)は、望んだ訳でもないのに、この家に引き取られて、近所の子どもたちの人気者になっている。

 しかし、急な転居と、そうした訪問者たちに囲まれるストレスで、食欲がなくなり、あえなく死んでしまう。のりたまは、転居を楽しんだろうか、それとも苦しんだのだろうか。哀しい結末である。

 のりたまと名付けられた、いきさつは?年齢・性別は?おじさんはどう思っただろう?と、色々と考えた。

 哀しい話ではあったけれど、ほんのりと愛しみの伝わる読後であった。

 小説は新刊を読むと、他の新刊も、読んでみたくなるものなのだろうか。


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by ihatobo | 2017-08-04 09:04