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『しみ』(坂口 恭平 毎日新聞社 2017)

 本書著者は、5年程前に『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)を発表し、私は井上ひさしの『吉里吉里国』みたいだなと想像して読み、驚いた。物語 / 小説からは遠く離れ、極めて具体的、実用の書だったのだ。

 その時は幾分、うしろめたくコッソリ本ブログに紹介したのだったが、今回は逆に小説 /物語である。紹介するにヤブサカではない。

 坂口は有名大学を出た建築家だが、住環境を考える余り、地域一帯を都市計画する、都市建設家として前記作品を発送したらしい。12年の新聞記事では、そう述べられている。(東京新聞 7/3 夕刊)

 ともあれ、そうした建築家の活動と、必然的に都市計画を含む構想を持って今日まで来たのだが、それは自治体規模の大事業である。私は、そうした経緯を今一度コトバにしておこうと、彼は考えたのではないか、と思う。

 行の端々に、自らの経歴と建築の情熱を語り、思考したイメージを主人公に語らせている。しかし、本作は小説 / 物語であるために、それを登場人物や設定、客観的な目を持つ外国人に託している。そして、それらの人や物や建物、自然が語り合う。

 そのために、本作は各々の場面が速い。静止した場面でも、速い。私が今までに読んだ小説でいえば、文学の革命運動の痕跡として残された、ビートニックの諸作に近い。ヘンリー・ミラーに始まる、それらの文学?は、“流れる”ように速い。

 ということは、そこに溜まっている建物を、彼は造るわけだから、そこに居て眺める場面に応じて、彼が千変万化している、ともいえる訳だ。本作は、主客や時間の順序、距離が目まぐるしく変化する。ストーリーを追って読んで行っても迷路に入ってしまう。

 そこには、飛躍も現れるが、それ故に怠屈しない。

 おもしろい話である。


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by ihatobo | 2017-07-29 05:29

『動的平衡』その2 プラス

 研究者の論考であるから、事実を集める事から始まって、共通項を見つけ、それらの事実の本質を探るのだが、その全過程で徹底した客観性が求められるのは当然で、それはそれらに隠れた匿名を浮かび上がらせる。厳密な積み重ねの末に得られる匿名は、果てしなく自由、何をしても構わない。
 科学とは、いわばそのためのインフラを整備しているようなものである。道を踏んで、どこにでも行ける。
 本新装版は、旧版に比べて、更に短くになったハシガキを据えて、前半は、そのインフラ整備の詳細と、チームを築き上げる必然が述べられている。そうして、書き進められるに従って、いつの間にか本題に入ってゆく。

 ところで、1968年のメキシコオリンピックの際に、200m走の表彰台に上がった三人の内の、勝者と三位入賞の二人が、人種差別に対する抗議を表明するために、下を向き、拳を突き上げた印象的なショットが当時報道されたが、その時に二位入賞のオーストラリア人も、その意志を持って上を向き、抗議を表明していたことが、50年を経て明らかになったそうである。
 彼らは、その期間相互に連絡を取り合っていたが、二位のノーマン選手は2006年に死亡。その前年に、二位空席のまま、この時の銅像が、カルフォニア州立サンノゼ校に建てられたという。葬儀には、残りの二人、カーロスとスミスは参列したそうである。

 二人は各々に新自由主義、グローバリゼーションに反対し、24年のオリンピック招致に反対、カルフォルニア州を批判している。
 私は、この記事を読んで、しきりに本書を想った。共にフェアなのである。選手はスポーツマン・シップと呼ばれることを誇りにするが、あたかも科学者も事実の信奉者。共に倫理を中心に据えて人生を送っている。


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by ihatobo | 2017-07-25 05:38

『新版 動的平衡』(福岡伸一 2009→17年 小学館新書)

 本書は、2009年に講談社 現代新書として公刊されたものに、加筆・修正した増補新装版。前著の際も紹介したが、今回は増補の分(第9章)で、数学の知見を使ったモデル(理論)を提出している。

 彼がTV番組に出演しているのを偶然観ていたので、この章から読んだ。番組は坂本龍一との対話形式で進行しており、観ている時は良く理解できたのだが、それをいざ知人に伝えようとすると、用語になり各章の順序など曖昧で、語りきれなかった。

 「そのうち出版されるだろう」ということで話は途切れたのだったが、対話の時点で、この部分はカタチになっていたのだろう。本書成立のプロセスは、あとがきに詳しい。それにしても、実に壮大な時刻を詰め込んだ内容を持つ科学の書である。その科学の事実が集積されている。

 その集積のひとつひとつを継いでいって、つまり、解釈することで終わらない。何故かというと本書後半に述べられているように、生命は「自転車操業的」に生命を維持してきたのであって、細胞を造る(生成)するそばから、壊してきたからである。


 著者は、それを本書タイトル「動的平衡」と記している。日常語でいえば「変わってゆく同じもの」である。先の大隅良典さんのオートファジー(自食行動)についても、大変わかりやすく述べられている。

 ぜひ手に取って、本書の数理モデルを眺めて欲しい。


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by ihatobo | 2017-07-21 09:14

『色いろ花骨牌』(黒鉄ヒロシ 小学館文庫 2017)

 最近、バタバタと先達が亡くなっているが、何のめぐり合わせか、本書も追悼の書。

「遅れて来た青年」黒鉄ヒロシの切々たる追悼文集である。今も続いているのか「ビック・コミック」の「赤べえ」で知っている年寄りも多いはず。あるいは、TVのトーク番組での的を得たマトモさを知る方も。

 どういう経緯で、本書が成り立ったのか詳しくはないが、登場する人物は皆、偶然好きな方々ばかり。それさえも、偶然なのか。ページが進むにつれて、自らテンションを上げてゆく様が清々しい。と同時に、痛くもある。

 登場するのは、先行する作家、歌舞伎役者、写真家、俳優と多士済々。内容は勿論、賭け事の顛末なのだが、笑えるというか泣ける。

 我が身の行く末を鑑みるように。参考になる本であった。


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by ihatobo | 2017-07-14 09:20

『陰翳礼讃』(谷崎 潤一郎 1933/34→中公文庫1975年 解説 古行淳之介)

 本書も気になったまま未読で、今まで来てしまった本。谷崎の名は知っていたし、源氏物語の現代語訳も出ていたから、『卍(まんじ)』『細雪(ささめゆき)』『痴人(ちじん)の愛』など私の知人には、各々の小説の主人公である女性の名前をもらった方が、少なくとも3人はいて、彼には因縁めいたものを感じていたのだが、読まずに終わったのだった。

 本書は、店にやって来た建築を学びに日本の大学へ来た、西欧人から教えてもらった。

谷崎のイメージは、官能や日本的情緒やしがらみ、という風に考えていたのが、それも警戒する要素となっていた。

読んでみると、それは、その通りだったのだが、エッセーというカタチだったから、より直截(ちょくさい)なコトバで彼の想うところが記されている。官能にしても、日本的情緒にしても、分りやすいと言えば分りやすい。


 しかし、谷崎が抱えていたであろうテーマは、彼の生きてきた時代が急速に進展してゆく近代であったために、「便利」が良くても、それでいいのか、というものであっただろう。彼は、あらゆる近代の所産について、それに対抗し得る日本の対象を選び、その利点を強調している。

 それが、陰翳礼讃、即ち本書のタイトルである。

それでも、“私は、我々が既に失いつつある陰翳世界を、せめて文学の世界へでも呼び返してみたい”と記して小説作品の制作に励もうと宣言する。

魅惑的な文の群れである。救われる思いがした。



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by ihatobo | 2017-07-07 09:45