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『赤めだか』立川談春(扶桑社文庫 2015年)

 買う予定にしていた本が、廃品回収の束の上にポン、と置いてある。色々なモンを拾ってきは家人に叱られる私だが、今回は正々堂々と立ち止まった。辺りを見回す。“よし”ということで手に入れたのが、本書である。これが面白かった。見開きごとに笑える。理屈なしで笑える。
談春は立川談志の弟子だが、真打ち、即ち師匠である。

 落語の世界では前座(師匠の身の回りの世話、寄席の雑用)から二ツ目(やっと修行に入るが、必死の古典の勉強)に上がり、いよいよ師匠が聴いてくれる。決して、教えてくれるわけではない。

 さて、内容だが、師は弟子を想い、弟子は師を仰ぐ物語で、伝統の実際が述べられている。
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by ihatobo | 2016-10-31 09:47

『さすらい』東山彰良(光文社文庫 2006→09年)

 この小説のポップ性は、様々に散りばめられているのだが、何と言っても主人公ふたりの丁々発止だろう。そして、前回述べたようにポップであるための思想が、この作品にはある。
 中上の場合は(非暴力)直接的行動であったが、この作品では“孤独”を突き詰める事で“自分がなくなっていく感じ”を実感しようとする、匿名性である。その為には、“高跳び”という海外への逃亡が必要だったのだろう。

 孤独→匿名には、死亡に至るバイオレンスが必然になる。だが私は、それを「せつない」(亘根涼介)とは思わない。店を日々運営しているだけで、嫌というほど切ないのだから、わざわざバイオレンスを求める必要はない。
 こんな時代なんだから、順法斗争でノンビリやった方が良い、と私は思う。
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by ihatobo | 2016-10-27 09:50

『路上のジャズ』中上健次(中公文庫 2016年)

 前回紹介した「Shadows in the Night」のディスク・ラベルのデザインは、名門ジャズレーベルのラベルを模したものだったが、文学と音楽ということで言えば、ジャズと文学も因縁が深い。本書は中上健次の“ジャズ小説”である。というが、舞台がジャズ喫茶だから“ジャズ喫茶”小説といった方が良いかも知れない。

 そのジャズ喫茶の名はR。そこに、タムロする若者の青春小説である。しかし、時代設定が70年前後、例の日米安保条約の改正をめぐる学生・労働者の異議申し立ての最中である。そのなかで主人公らは、ひたすらジャズ(フリー・ジャズ)を聞く。
 それがスローガンではなく、直接行動であり、きっと状況を変えると信じている。本書には、ふたつのエッセイと中上の処女作「赤い儀式」が収められている。そして、文庫化に当たり、詩「JAZZ」短篇「灰色のコカコーラ」が独自に加えられている。

 加えて小野好恵によるインタビューがあり、中上の自作に対する解説にもなっている。彼は、自らの作品を小説としてのジャズ、と考えているようだ。
そして、サッチモもアルバート・アイらーも、マイルスもポップだと言う。ジャンル(手法)を越えた、こうした認識こそがポップだと私は考える。

本書は、こういう文脈で既にポップ・アートである。
手に取って、眺めてみてください。
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by ihatobo | 2016-10-26 10:21

『フォールン・エンゼェルズ』ボブ・ディラン(ソニー・レコード 2016年)

 電車の中吊り広告での大見出しを見て、買った週刊誌!に、ボブ・ディランの記事が載っていた。新しい情報はない、ノーベル賞とあって日本の大手!評論家が登場する記事となっていた。

しかし、前回紹介したように好評に転じたものの、“歌詞は人々が歌い、反復されて力を持つ”というフレーズは、どこにもなかった。
彼の変人、奇行ぶりを面白がるといった内容である。残念。当のディランは『フォールン・エンゼェルズ』を発表して、今年も“ネバー・エンディング・ツアー”を貫行中である。
 ある在京の新聞は、“言葉の生成に立ち会ってきた書き手たちは、そうした風潮に異を唱え、朗読などを通じて<声>の力を伝えてきた”(波戸岡景太)という記事を掲載している。その通りである。

 歌に限らず、文学とは結局、言葉の力を信じる人達の技術であり、学問である。

 本ブログは芸術でも文学でもないが、「言葉を信じる」のは私とて同じである。
 さぁ、ブレた声なき言葉に惑わされず、ガンバロー。
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by ihatobo | 2016-10-23 19:54

Shadows in the Nights・Bob Dylan その2(Shadows In The Nights 2015年)

 この季節の文学賞が、ディランに降りてきた。いかにも権威が降りてきた、という印象を与える受賞だ。日本では、おおむね好意を持って迎えられた、というが、国際基準に充たないとの主張もあったらしい。
 しかし、国内では吟遊詩人の営為は、そもそも文学である、といった主張が平均で加藤登紀子のように歌詞は人々が歌い、反復されて力を持つことから、ハズレはコトバの本質を、ないがしろにしている主張も多いという。

 昨年、ソニー/コロムビアで発表された「夜々の影ども」は、そうした主張を退け、コトバの持つ奥行や深さを素直に歌うバラッド集だ。彼はいまだに、年のほとんどをライブツアーに出掛けている旅芸人だが、歌い続ける程に声の奥深さと奥行きが源へと、伸びてゆくのだろう。大変静かな声が、心地よい。
 前回のライブでは、ハッキリした感想が聞こえなかったが、この受賞という製品になったコトバを受けて、絶賛に転ずるに違いない。
 オバマさんも、オメデトーを言ったらしいし。
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by ihatobo | 2016-10-21 10:28

『運命に、似た恋』(NHKドラマ 原作・北川悦吏子 主演・原田知世、佐藤 工)

 TVがなくても最近は、ネット経由で番組が見られるらしいが、この本を読んでいても、よくそのシーンが見える。カスミを原田知世、ユーリを佐藤 工だと思えばいい。
 本書は小説だが、脚本だ、といっても違和感がない。キャスターのセリフが、ト書きを含んで綴られている。まだ3回目が終わったばかりだが、本書を読めば見たと同じ体験が、出来るに違いない。

 実は結末を知って得をした気分の私は、逆に、TVにかじりついて全編を見たいとも思う。友人の母親が、私より少し年下なのだが、毎回楽しみに観ている、という。やはり前回書いたように、私はオバサン化しているのである。
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by ihatobo | 2016-10-20 08:24

『ペットボトル 温灸術』(若林理沙 福田千晶 NHK出版)

 最近どうもオバサン化しているナ、と自分で感じていたが、いま、ドラマにハマっている。女友達に言わせると「そりゃ韓流だよ、オバさんじゃん」。
 ところが、自分でもそう思うし、原作(シナリオ)を読みたい、とも考えている。このドラマが、それだけある男女の普遍を備えている、ということなのだろう。この設定の男女は、このドラマのように振舞うものなのだ。
 先頃「こち亀」がギネスに登録されたが、新聞で知ったのは美内すずえの「エースをねらえ」が連載50年を超えて、まだ続いているという。やはり、あの設定は、ある普遍を供えているのだろう。

 そのある普遍性ということで言えば、中国発の針灸の手法が認知され、施術のポイントであるツボの数が、WHOによって131か所であると認知されたのも、人類にはそのツボがあるということだし、効果があるかどうかはさておき、現在Eテレで放映中の『ペットボトル 温灸術』テキスト(NHK出版)によると」、それは確かな事実であるという。

 実際、私自身が試してみて効果を実感しているから、確かである。テキストは571円と安く、要領はカンタンで役に立つ。試してみてください。ただ、気持ちいいままに長時間の施術は、やらない方が良い。ワンポイント3~5秒で十分です。
 ちなみに、ドラマの方は金曜午後10時からNHK総合で、タイトルは「運命に似た、恋」(原田和也、斉藤工・主演)で原作は文春文庫で出ている。TVを観て欲しい(音楽もいい)が、本書を読んだら紹介します。
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by ihatobo | 2016-10-13 08:55

『モドナの領域』その2

 モドナという概念を喫茶店にあてはめれば、単子はひとりひとりのお客様であり、彼らが各々の予定で寄り集まって、ひしめいているわけで、モナドの領域は、私たちの店のことだ、とも言える。それは、いつ行っても誰かがいる(鶴見俊輔)場所であり、そこには「自由に」入退場できる。コーヒー代を支払えば、誰からも干渉されない。
 そこで「誰か」に逢ったとすれば、偶然であるばかりではなく、その後の進展によっては偶然か必然と転化する。それを運命の出会いとか言ってロマンに浸ることもできるが、何の物的保証もない。つまり、偶然性の真理にまで成熟させなければならない。努力が必要である。まずは胸襟を開かねばならない。

 この偶然的な物の真理を何よりも大切することが大事である。そこで、そのお客様の記憶に、そのイベントが残ることになるからだ。それが喫茶店の現実であり、質、量、関係、行為、時、場所などの諸要素が、喫茶店を成り立たせる、本質(エッセンティア)である訳だ。
 この本からは、実に様々な事を教えてもらった。それは単に知識を得たということではなく、私の持っていた力が、みるみる湧いてきた、ということだ。感謝、感謝である。

 以前に紹介したマイク・モラスキーの「吞めば、都」が文庫になっていた。こちらも店のことを扱っているので、併せて読んでみてください。ちくま新書から。
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by ihatobo | 2016-10-12 10:35

『モナドの領域』(筒井康隆 「新潮」10月号 2015年)

 まず本書タイトルを解説すると、モナドはライプニッツの用語で「単子」のこと。タイトルは、その単子がひしめき合っている場所という程の意味だが、その「単子」は単体といってもいいわけで、それが領域を造るとは、そもそも何か、というのが本書のテーマである。

 内容はさておき、スペインの諺(ことわざ)に「盗んだ木は森へ隠せ」というのがあるが、読み終わってみると、この諺が本書の内容ではないか、と思い当った。
 つまり、何らかの作品を造るからには、それ以前に感銘を受けたものがあるはずで、その滋養で作品を造ったわけだから、その作者は滋養を盗んだともいえるはずである。作者の能力にもよるが、出来上がったものが一本の木たりに得てれば、先行する著作品と肩を並べることが出来る。
 ということは、著作の森に出来上がった本が隠れていたことになる。この諺は、どのようにも解釈できるが、そのようにして、本作は一本の木足り得ているほずである。評判もいいし。

 何しろ、哲学、宗教から死体遺棄事件までが扱われているのだから。
 1934年生まれの筒井康隆の面目躍如たる快作である。
 参考資料も含めて、本腰を入れて読むことをオススメしたい。
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by ihatobo | 2016-10-05 22:41

39周年記念

あさって10月5日(水)よりイーハトーボ
39周年感謝週間が始まります。
ご来店をお待ちしています。
        店主
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by ihatobo | 2016-10-03 23:15