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『パズルとパラドックス』(内井惣七 講談社現代新社 1989年)

 代表的な論理学者といえばクルト・ゲーデルだが、彼の造った体系は大変に込み入っている。ひとつひとつの文は単純明快なのだが、それが組み立てられると、一筋縄では読めない。

 たとえば、現在進行する日々のように、私たちはひとつひとつを決着して先へ進むが、全体として振り返ると、矛盾があり、飛躍があり、という具合に全体を説明するのは難しいのと同様である。
 しかし、「何ぴとも、一気にふたつのことは出来ぬわ・・・。」とチェスの歩になったアリスに、白の女王がきっぱりという場面がある(『鏡の国のアリス』)が、いくら現実が込み入っていようが、ふたつの事柄を一気にやることは出来ないし、物事の順番を逆転させることは出来ない。覆水盆に返らず。

 つまり、論理はいかに文を重ねても、論理は覆がえらない。強い。
 しかし、この本も再読なのだが、面頭な文が満載である。私の現実も込み入っているし・・・。フゥーッ。
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by ihatobo | 2016-08-26 09:50

『気ちがいピエロ』(ジョゼ・ジョバンニ ハヤカワ書房 1969年)

 本書は、ジャン・リュック・ゴタダールの最初の長編で、出世作となった『勝手にしやがれ』(1960年 レ・フィルムス・ド・ボードガール)の原案となったミステリーである。ジャン・ポール・ベルモドが演じる主人公は車を盗み、追ってくる白バイに銃を放つ、いわゆる無法者である。

 映画は、それを手持ちのカメラがとる。このカメラが、ラストシーンで決定的な効果を、この映画にもたらすのだが、本書は大変入り組んだストーリーである。リアリストと呼ばれる人格があるが、そうしたコトバがあるとすれば、“事実主義者”であるゴダールは、その作風にも、それを反映させる。
 本書は、その事実の専門家である刑事が主人公、つまり、いわゆる警察ものである。窃盗どころか殺人も許さない凶悪犯が、仕掛けるナゾを追って犯人を追いつめる。スリルとサスペンスが、てんこ盛りである。

 著者のジョバンニは、元警察官で数々の実体験から、エピソードを集め構成したのだろう。ひとつひとつにリアルなディテールが書き込まれている。大変に面白い。しかも真迫力に満ちている。場所はパリ近郊ホテル、カフェ、酒場で、街に住む老人が重要な役割を担う。結末近く、襲撃された主人公に食い込んだ弾丸を抜く場面は迫力がある。「麻酔なんてものは、ないからな」
 出血多量の主人公も弱っているが、ものともせずピンセットを、傷口に差し入れる。しかし、ピエールも気丈さを見せる。しかし、見事抜き取った弾丸が、固い皿の上にコトリと音を立てる。手に汗にぎる場面である。とにかく、面白い。
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by ihatobo | 2016-08-19 11:13

『高丘親王航海記』(澁澤龍彦 文春文庫 1985→90年)

 本書は文庫化された頃に、私の本選びのアドバイザーであった先輩から、勧められて読んだのだったが、今回、文庫が再版され再読した。20年以上、店の本棚にあったものの、普通の積ん読と同じであったらしく、何を読んでいたのかという程、今回おもしろかった。

 キーワードは、例のノスタルジーであって、文中では好奇心のコトバが使われているが、それを原動力として話は進んでゆく。主人公の高丘親王は血筋も良く、余生を自らの心の赴くままに過ごす、ということで天竺(インド)へ向かう。
 その道中に様々な出来事に出くわすのだが、それらが奇妙奇天烈で楽しい。基本は、著者が親しんで来た物語の再話である。しかし、その量が並外れているだけではなく、物語に埋め込まれた史実を頼りに、全く新しい物語が造られてゆく。
 その博覧強記が、しなやかで優しい。これみよしがない。
 人の夢を喰って生きてゆく莫という生物、大蟻喰いから原地に住まう裸形の民、王など様々な生命が出てくる。果ては、天台の空海上人までが登場する。
 確固といた盲想記といえばいいのが、おもしろい。空飛ぶ丸本舟とか。ジャンルを言えばファンタジーである。
 私自身の余生をこの本を読んで楽しもう、という気持ちになった。哀しい結末なのだが。
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by ihatobo | 2016-08-13 10:30

『テロルノ伝説 桐山襲 烈伝』その2 

 本書に併録されている「プレンセンテ」(1989年)を読み、紹介はここまでで充分と考えた。その3年後に、桐山の死後に出版される「未葬の時」が脱稿される。
 全ての人が、未だ葬式の終らない生を、生きているのではないだろうか、という問いかけを、この作品は持っている。「プレンセンテ」も、そうした問いかけで終わっている。

 彼の書いた全作品が、そうした問いと共に、未だ書かれぬ作品が目指されていた、ともいえるのではないだろうか。
 行かえそこで私は、ポルトガル語のサウダージを思い出す。美しいもの、未だ書かれぬ作品に対する郷愁のような心情を、このコトバは持っている。
 月に見てもサウダージ、遠い手の屈めぬものに対しても、サウダージなのである。このコトバは郷愁や運命とも訳すことができる。英語ではロンギングである。
 重訳すれば欲望である。魚が水に環りたいと飛び跳ねるような獰猛な欲望。せつない心情である。本書は、その桐山の作品を叙情ではなく「叙事」として、捉えている。
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by ihatobo | 2016-08-05 09:45