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『夜』(橋本治 集瑛社文庫 08→11年)

 『夜』とタイトルされた短編集の「灯ともし頃」を読んだ。去年のディランの新しい作品「夜のなかの影」を聴きながら。

 今年の来日公演では、その中から選ばれた曲が唱われた。「枯葉」も唱われたそうである。さて、「灯ともし頃」から例によって元に戻って「暮景色」を読んだ。共に夫婦の関係を扱いながら、親子関係になるまで話が及ぶ、といった構成を取っている。
 が、しかし、夫婦、親子といえども、小説を進行する語り手は、女性である。「男は粗大ごみ」という考え方が一貫している。

 ストーリーも、一般としての女性の微妙が述べられていて、実感として私にも分かる。が、問題は男同士の性愛を描いた第4話「暁闇」である。ドキリとかヒヤヒヤとか、場面の描写が映画のようで驚く。詳しくは次回に。
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by ihatobo | 2016-04-29 06:51

『アックス 追悼・水木しげる 特集号』(青林工芸社 2016年)

 巻頭の池上遼一と近藤ようこの対談を、笑いをこらえて読みながら、お二人がいかに水木を大切にしていたか、が伝わって来て。とても嬉しくなった。
 年譜によると『墓場の鬼太郎』は、私の高校時代で、池上やつげ義春がアシスタントとして作品造りに加わっていたのを知って驚いた。他にも紹介したい記事が本誌には満載されているが、ひとつだけ紹介すると、
 長井と白土が若い人たちの発表の場があったら良い、として雑誌『ガロ』(1964年創刊)を共同出資で出したとしても、本誌に載ったその「若い人たち」の作品はあまりにも枠をハズしている。
 「発表する」という気持ちが先行しているのである。
 それではタダの投稿誌に堕かしてしまうのではないか、と思う。白土はいう。

 今年になってからの浅川満寛によるインタビューで、白土はいう、「私らの世代だとマルクス主義が(を)こおむって、そこに捉われるとヤバいんです。それで見えてない部分もあった。偏った世界っていうのは、新しいものを生み出せないんです。」
 つまり、先行世代の作品全てを○×主義として捉われた作品が多いのは、そこに原因があるからだろう。とりあえず、マンガ的明るさ、いい加減さがないのである。
 しかし、白土へのインタビューを始め、本誌は手に取って読むだけの価値はあります。ぜひ。
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by ihatobo | 2016-04-22 20:33

『ロリータ2』

 第二部を読み切った。
 いよいよ鮮明になったことは、著者が精神分析(学)に並々ならぬ関心を寄せた、ということである。精神分析には「転移」という用語があるが、著者の記述を見ると誤用ではないが、大変大雑把にそれを捉えているのが分かり、既に一般化した概念として使っている。

 そんな点を見ても、本作がある種の概念小説であることは確かである。その概念の枠内で、自由に想像力を羽ばたかせたのである。そうした事情から、本書の取り巻き達が似た用語を作り上げ、「ロリコン」が誕生したのだろう。
 ちなみに、このコンプレックスは入り組んでいて複雑という意味だから、単純に少女偏愛を「ロリコン」としてはやはり間違いで、少女についてごく普通の観念が持てない事を、本来コンプレキシティとして症例化したに過ぎない。少女趣味とは違うのである。

 さて、もう一度元に戻って、巻頭から読んでみよう。それにしても、今日近所でウグイスが鳴いている。変な春?である。
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by ihatobo | 2016-04-18 22:02

『ロリータ』(ウラジミール・ナボコフ 大久保康男・訳 1959→80年 新潮文庫)

 少女偏愛を、よくロリータ・コンプレックスと言うが、その語源?となった小説『ロリータ』を読み始めた。
 私が学生の頃には、このロリータ・コンプレックス(ロリコン)のコトバは一般化していたから、書名を知って読んでみたい、と思っていたが、最近になって本を整理していたら、新潮版の文庫本が出てきた。ページも割れている。
 この期に及んで、自分が持っていたのが恥かしい(つまり、ミーハーとして買うだけは買っておいた)が、ページを繰っている。第一部の終わり3分の1と第二部の初めを読んだが、私のように構えて読むような代物ではなく、一種のルポタージュ、旅日記、日々の日記/消息文の類でナァーンだ、という所である。

 次回は、そのルポルタージュの中身について述べたい。大戦間期にスイスとアメリカ合衆国が、ある理想として描かれている。近代の所産である鉄道、モータリゼーション、野趣、絵画(写生)など盛りだくさんである。
 そして、女性と、もうひとりの主人公である幼女に対する悲喜諸々は、私の親のものだろう。「おれには、まだ拳銃もあるし、自由もある」と主人公に告白させるのだが…
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by ihatobo | 2016-04-15 22:17

『レキシントンの幽霊』(村上春樹 文春文庫 96→99年)

 村上春樹を、紹介しようと思ったが、断念。
 紹介のしようがないのである。

 作者に悪意はないと思うが、前回書いたように本作には翻弄されてしまう。小説だから事実がそのまま記されている訳ではないのは当然だが、その物語がどうも嘘臭いのである。
 首尾一貫しているのだが、何故か合点がいかない。その首尾をみとめてしまうと私の一貫が崩れてしまう、そんな感じ。

 先に扱った『モッキンバードの娘たち』(ショーン・ステュアート)の物語は、俄かには信じられないが、作者の真実が記されているのが分かる。
 共に首尾一貫しているのだが・・・・・・
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by ihatobo | 2016-04-11 17:13

『アガワ随筆傑作選』(阿川佐和子 文春文庫 2015)

 さて、白州ほどの “ 速さ ” ではないが、エッセイスト司会、コメンテイタ―としてメディアを飛び回っている阿川佐和子のエッセー 『アガワ随筆傑作選』を、今回は紹介しておきたい。

 女性の書くエッセイは、筆者のひととなりを伝えるが、同時に、その時代を誠実に生きる女性の見識が述べられているので、歴史の書として読むことができる。その意味で、白州も阿川の書も、ある歴史の証言である。つまり、自叙伝であるにもかかわらず、社会とその時代の有様を、うかがい知ることが出来るのだ。
 阿川さんについて、笑福亭鶴瓶がいう。
   「あんたは多動性動物か」「ホンマけったいな人やなァ」「人の話を聞かんやっちゃな」と。

 小説の場合は、主人公は登場人物の悪意に翻弄されるが、ご両親共に周りの人々は、さぞかし大変であっただろうと想像できる。
 次回は、村上春樹に初挑戦。古い短編に面白いものがあった。でも、怖いのは変わりないのだが・・・
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by ihatobo | 2016-04-08 18:22

『白洲正子自伝』(新潮社1994→99年)

 春の長雨、というが今年は期間も長く、寒い。お蔭で桜も散らずに、例年とは趣のちがう春になったのだが。
 自宅の近辺では、梅にうぐいす、が成り立ったのはわずか一日か二日であった。いわゆる早春が長引いているのか。
 この春は、電力販売自由化や、それに伴うガス料金の組み変え、更に、原子エネルギーの再稼働と、エネルギーの需要・供給システムが大変動している。何やら、怖ろしい。
 さて、今回は女性エッセイストの先達である白洲正子の自叙伝『白洲正子自伝』である。
 白洲は、父母共に薩摩藩の一族で、いわゆるサツマ隼人の精神を受け継いでいて、更に、芸事も達者で、古典芸能である能の素養がある。更に、書画、骨董、料理(食材)衣服(染色)工芸の鑑識を持ち、彫刻(仏像)などの目利きでもある。
 それは、彼女が育った環境によって養われたものだが、その能力を持って自らの生活の糧も稼いだ。
 本書は、その彼女の自慢の書ともいえるが、そんな域ははるかに超えている。
 自由で、変幻自在な彼女の、文によるその実現といえる。
 解説は”私小説”家車谷長吉である。
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by ihatobo | 2016-04-07 12:04