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『東京の喫茶店』(川口葉子 実業之日本社)

 本書の筆跡者、川口葉子さんは、この店のお客様で、既に15年程のお付き合いである。当店の書棚にある本を気に入ってくれて、彼女の最初の本『東京カフェマニア』の取材掲載以来である。
 本書は、2011年発刊の『東京の喫茶店―琥珀色のしずく77滴』の文庫化。増補版。この手の類書は数多く出版されており選ぶのが手間が掛かるが、要は、客観性と個別性のバランスが選択の目安である。紹介文を読んで自分の条件に適した店を訪れてみるという、そのことが肝心である。
 その為に本書の記述と、実は私が書いた " 喫茶店の事実 " (122p)を載せて頂いている。
 是非、ご参考にして自分に適した喫茶店を探してほしい、と考えています。
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by ihatobo | 2015-11-30 18:15

『音楽のオリンピック』(小杉武久 1991年)その2と1974年のドン・チェリー・コンサート

 この年は、招聘(しょうへい)元のアイ・ミュージックによる世界の先鋭的な演奏家の日本公演が相次いだ。
 セシル・テイラー、ドン・チェリーを始め、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの他、マイルス・デービスのニュー・バンド、サンタナ=マハビシュヌオーケストラ、リチャード・タイテルバウムが続いた。

 国内のミュージシャンも積極的に海外へ出掛けてゆき、ニュー・ミュージックから先鋭まで、様々な交流が走ってた。私は、この年ドン・チェリーを観に出掛けたが、小杉を軸に据えると、本書に触れられている阿部薫の他、小杉個人による小規模ライブと、更にそこで知り合いになったために、共有する知人を訪れる計画を立てたりした。決して音楽そのものの交流ではなかったが、この頃は様々な交流が方々で起こっていた。

 この店や、この街にある様々なスポットに、それらの方々が屯(たむろ)し夜は明けなかった。つづくかも、知れない・・・
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by ihatobo | 2015-11-26 10:50

『ユーガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』 鳥飼 茜・著 講談社

 ①『ユーガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』 鳥飼 茜・著 講談社
 一言感想:
      クールさとめんどくさい感じが同居するのは、作者が女性だからだろうか?

 ②『僕は問題ありません』 宮崎 夏次系・著 講談社
 一言感想:
      ひたすら、ロマンチック

 ③『BEAM COMIX ナナのリテラシー①』 鈴木みそ・著 株式会社 KADOKAWA
      他『ナナのリテラシー』[鈴木みそ KADOKAWA]

 いーはとーぼスタッフ: M ・ S
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by ihatobo | 2015-11-24 18:14

『音楽のピクニック』(小杉武久 書肆 薔薇の風 1991年)

 オーネット・コーマン、エリック・ドルフィーといえば、1960年前後期にジャズ作品を発表し始めた音楽家だが、同時期にフルクサスという音楽集団に曲を提供していた小杉は、発表し尽したクラシック音楽を、更に未来に向けて押し進めた音楽家である。
 本書は、小杉が自らの作品を回顧して、自ら解析した文と同時期のコンサート記録、巻末には高橋悠治による対談型式のインタビューを収めている。高橋と小杉の対談は、そのまま小杉の作品の解説・解析だが両者による作曲の為の打ち合わせである。
 本書のなかで、特に私の興味を引いたのは、

 ――ジャズやフラメンコ音楽が現在でも、なお、その即興的な音の “ 動き=羽ばたき ” の要素を、その音楽の本質的な構造のなかに、豊かに保存している。――

 という文で、この認識が他の音楽―アルゼンチン・タンゴやインド音楽にも共通している、と述べている。それに、私は我が意を得たり、ということだった。
 私の店で、掛けている音源は、これで、ほぼ紹介され尽されているからだ。ドン・チェリーについても、述べられているので、次回に続く。
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by ihatobo | 2015-11-21 08:56

『wATER MAK』(ヨフシ・ブロッキー)その2と『ラスト・デイト』(エリック・ドルフィー)

 若者が、ものを書くにあたって踏まえている形式が、バルトの開発した短文、断章の連なりなのだが、それが時代の小説であることを著者は、充分に知っている。それは、チャーリー・パーカー以後のモダーン・ジャズにしても同じで、演奏者(歌手)は自分が選んだ表現手段である。
 ジャズが、短文(フレーズ)断章(メロディ・ライン)であることを、充分知った上でステージに臨んでいる。例えば、遅れて来たチャーリー・パーカーであるオートネット・コールマンやエリック・ドルフィーの演奏を聴いていると、演奏の時間の中に居ながら、自己(音色、リズム)はキープされているのが分かる。その時間が自由に伸縮するのだ。
 ドルフィーが、最晩年に臨んだオランダのスデージの時刻が明るい光に、揺られているのが分かる。一度、ドルフィーに関わらずジャズを聴いてみると、その自由を味わうことが出来る。

 「演奏が終わってしまうと、サウンドは空気(相続人たち)のなかに消えてゆき、二度と取り戻すことは出来ない」(エリック・ドルフィー  『ラスト・デイト』 1964年)
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by ihatobo | 2015-11-16 19:05

『ウォーター・マーク ヴェネチア・水の迷宮の夢』

 ヨシフ・ブロッキーは1960年に生まれるが、長じて詞を書き始める(58年)と、それに対して不利益である、という理由で当局に逮捕され、強制労働に従事さられる。
 それでも文学活動を止めなかった彼は、作家仲間らに助けられ、強制労働の期間を短縮され、72年には郊外への追放となる。その後、アメリカに亡命する。この辺りの歴史は、以前紹介したハンガリーの作家、アゴタ・クリストフに似ている。(本ブログで紹介したのは『悪童日記』1986年)
 その後、56歳で世を去るまで、17年の間、ヴェネチアに毎年訪れ、本書に書かれている様々な体験を経る。副題にあるようにヴェネチアでの体験を綴った“夢日記”、エッセー集、小説である。

 前回紹介したように、ロラン・バルト以後の小説家は、本書が踏まえている型式のように、紀行文であり、夢日記であり、日々、日常茶飯をめぐる短文、断章の連なりにならざるを得ない。
 そこでは、日々の事柄についての作者の解釈だが、語り手である私を誕生させ、文は流れる如く、円滑に進んでゆく。それは、その事柄ごとに、短冊にノートされ、しかし、それが作品の一部である、という緊張感に支えられて綴られてゆく。

 ある場面では、映画『大慰の娘』を観た感想らしき文が、その映画の歴史的背景に対する作者の解釈に当てられているし、エスラ・バウンドやスーザン・ソンタグといった、実在の評論家や作家との交流も綴られている。しかし、それらを通して作家自らの歴史が、具体性をもって詳しい記述となって語られている。そして、それが作家個人の歴史を超えて、世界の歴史の記述となってゆくのである。

 ヴェネテアの水と光をモチーフにした、夢のようなエッセー小説である。

        『ウォーター・マーク ヴェネチア・水の迷宮の夢』 
                    ヨシフ・ブロッキー 訳・金関寿夫 解説・高橋雄一郎 集英社
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by ihatobo | 2015-11-14 11:31

ロラン・バルト 2 『明るい部屋』(1980)

 前回の『表徴の国』(1970)におけるバルトの私は、彼の諸作にも共通した用語らしく、『彼自身によるロラン・バルト』(1975)を始め、ものを書く時の彼は自分自身を客観的に眺め、書かれたものが単にコトバでしかない、と自覚したうえで、その行為を押し進めるのが、私であると語っている。(答え インタビュー 1971)
 そうのように理解してみると、彼のまわりくどい物言いや推奨を捉えてみる為の(難所な)用語も、ひと連なりの体系であることが分かる。

 彼は、そうしたコトバの国で格闘したひとりの作家なのである。わかりやすい。そして、彼の愛と孤独の哀しみが読む者に伝わってくる。愛と孤独という事で、ヒットした読者には『明るい部屋』(1980)を読んでみると、その辺りの事情が、とてもシンプルに語られるのが分かると思う。

 ぜひ読んでみて下さい。オススメの作品です。
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by ihatobo | 2015-11-10 17:43

『ロラン・バルト』(石川美子 中松新書)

 本書は、ロラン・バルトを概観している、ということで私にとっては“復習” の意味で読んだ。
 ロラン・バルトは『零度のエクリチュール』でデビューした、コトバにこだわって文(学)、詩、音楽、絵画、写真、映画などに関心を持ち続けた批評家である。

 ー言語は、単にファシスト的なのです。というのはファシズムというのは、何かを言うのを妨げるのではなく、何かを言うことを強いているからです。

 ー(・・・)言語においては、ふたつのことが必ず現れます。断言による権力と、反復による集団性です。

 この発言は、パリのコレージュ・ド・フランス(高等教育機関)の就任講演で述べられている。ここで彼は、何かものを言うことは、人々を仰圧する権力になりうるし、しかし、それは言語というものが存在するからだ、という子供が駄々をこねているのと同じことを述べている。
 しかし、そこには日本について論評した『表徴の帝国』での「わたし」が生きている、と本書著者は指摘する。その経緯を省略すると、

 ― わたしは自分を批評家だとは、思っていません。むしろ小説家です。小説のではなく(これは事実ですから)、 “ロマネスク” の書き手だと思っています。

 といったロラン・バルト自身の発言で「わたし」が生きていることを、著者は伝えようとしている。そして、バルトは晩年『小説の準備』へと向かう、と。
 大変、豊饒な分が重なり、連なっているので、また次回に続く。
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by ihatobo | 2015-11-06 10:33

『パリ』 ZAZ

 ZAZの『パリ』から、そろそろ1年経つが、よくこのCDをかける。
 この街の駅前に仏雑貨の店があるのだが、この店でも、この1年間、店前に設置したスピーカーから連日かかっている。それほど、飽きのこないアルバムだが、最近は、この街に住むフランス人たちの路上での会話の声量が大きい。気のせいかも知れないが。

 さて、前回のドナルド・キーンによると、日本語を学ぶことに熱心だったのは、フランスとドイツだったらしい。もちろん江戸期以前は、オランダ、ポルトガルの方々が、その役割を果たすために学んだのは、現在私達がよく知る物品に両国のコトバが使われていることからも分かる。
 しかも、時代が下がって20世紀に入ると、日本語を学ぶための学校が設備されるのは、ロシアとアメリカである。
 フランスとドイツでの、その後は各々の国の事情によって、その役割が変わったが、カトリックと片やルッターのプロテスタントが、共に日本語に興味を持ったのは、不思議といえば不思議だが、それは概略である。ともあれ、『パリ』が完璧に保守でありながら、改新的であるのは、そんな事情と適っているのかも知れない。
 いや、良いアルバムである。
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by ihatobo | 2015-11-02 10:47