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『耳で考える』(養老孟司 VS 久石譲 角川書店 09年)

『残響レコード』(3/1付)の回でも書いたことだが、視覚情報(アルバムケースのデザイン、タイトル、アーティスト名、レコーディング・デートなど)は聴覚による情報にバイアスをかけてしまう。
本書では作曲家、久石譲と養老孟司によってその事情が詳しく述べられている。しかも、大変(普通)に実践的である。
更に、「個人の感性、感覚というのは場所を変えるとズレる」
こらは別にシンピではなく、CDを自分がかける場合とスタッフがかけた場合で「聴え」が違うということである。スタッフがかけた場合は、私に視覚情報が入っていないだけのこと、「事実」の違いである。
久石の(作曲する時に)「ある音楽的な形式でシステムが構築された中で」「機能性を考えてつくららた音楽は」「運動性がそこにあるだけだから」″良い″曲になる可能性がある、という。
「(生物)進化の運動性は、円運動にズレが生じていくわけですから、螺旋状になる」と養老は応じる。
まだまだ紹介したいのだが、終いには全ページを紹介するしかなくなる…。ソレは盗作である。
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by ihatobo | 2014-03-28 21:07 | 本の紹介

『私自身のための優しい回想』フランソワーズ・サガン (新潮社 1984→86年)

教養には、今日(は)ようがない。のだが、教養とはビミョーに異う、体験の積み重ねを、私は経験といい、区別している。
そのように成熟してから、初めて場面で使ってみる。
それまではいってみれば隠している。 丁度映画を観終った時に、ヒトと喋りたくない時間が必要なのと同じように。

フランソワーズ・サガンが、ビリーホリデーとの会話を『私自身のための優しい回想』(新潮社 1984年)で伝えている。
サガンは歌をうたいたかった。それで、前後は知らないのだが、レコーディングもしている。つまり、レディデーのようにうたいたかったのだ。

『悲しみよこんにちは』が賞を取り、出版社はギャランティの他に彼女にアメリカ旅行をプレゼントした。
もちろん彼女自身の要望だったのだろう。恐らくアメリカでの翻訳出版のゴタゴタにも渡航する必要があった筈である。

彼女は滞在したニューヨークからタクシーに乗ってコネティカットまでビリーを聞きに(逢いに)、出掛けた。
その初めの体験ではなく、2度目に、今度はしっかりプランを立て、自費で逢いに出掛けた。
レディデーはすでにボロボロだった(哀しい)。

レディはいう。「きのうの晩は誰とやったんだ?ってボスがいうの。だから教えた。」「でもボスはその人の名前をいうことができたの」

レディデーに限らずこの内容の話は様々に伝えられている。
彼らは体験した場面をすぐに経験として踏むことができるのだ。

私たちのコトバでは“受け売り”にちかいだろうか、それにリアリティがあるのだ。“のり移る”だろうか。
そして、そのサガンが残していたレコーディングが本国で発表された、という。

近々当店に入荷します。楽しみにして下さい。
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by ihatobo | 2014-03-25 23:05 | 本の紹介

『宇宙論と神』(池内 了 集英社新書)

近年、宇宙(物質)に関する発見(証明)が相次いでいて、本書を買って来た。何はともあれ、「宇宙論と神」である。
「よっ、大きく出たな」である。
要は、宇宙の”起源”に関する理論、つまり、考え方が、事実、この地球上の物質の探求成果を矛盾なく解釈できる道筋となるのだが、その考え方がほぼ出揃い、その成果が、いわば内側(起源)から、説明、証明できるらしい。
宇宙の誕生が「138億年以前」というのも”雲をつかむような話”だが、各々の成果を種々の仮説をもとに観察すると証拠が見つかる、という。
それを並列なのか、統合なのか、積み重ねなのか、解釈すると、一挙にこの手許にある物体が138億年の時間を湛えていることが知れる、という。
神のままでいればいいものを「受肉」した神が口を開きここに138億年がある、といっているようなものである。
う〜ん。
「日本から出たい」という英会話学校の惹句があるが、宇宙から出たい場合はエーゴではだめだよなぁ(>_<)
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by ihatobo | 2014-03-19 21:34 | 本の紹介

『日蝕』(平野啓一郎 新潮文庫98→00年)

店の作業に付いて回る頼りなさに、励みをくれるのは「錬金術は畢竟作業が総てであり、仮に〜」といった記述である。
「錬金術の作業には、それを為すことそのものの裡に、ある種の不思議な充実が在」り「或る奇妙な確信を以て世界の渾てと直に接している」と感ずる…
喫茶店はごくわずかな物質から、金を作り出す装置/アタノオルではないものの、グラインドして、ドリップするその一滴一滴が、光輝やく永遠の一瞬を到来させることもある。
私は、最近ある短篇映画に出演!したのだが、その一ヶ月半程の期間、一員として作業(演技)するのは、大変に頼りなかった。
「暫く作業を眼にしているうちに、(…)幼児期に街の時計屋に赴いた時のこと」が思い出され、「微細な器械とそれを覗き込む職人とに眼を瞠っていた」「私はその時、或る名状し難い畏敬の念を抱」き「彼の手中には、時間そのものが在った」と作者は記す。
「スタート」「カット」で区切られるわずか一分足らずのシーンに、入り込むと、自分の時間が降りて来て、役を演ずる私の主体が熱を帯びて現れてくる。
頼りなさはどこかへ消失する。
「作業自体が、抑の目的とは離れて一つの修養の術として」樹立する。
撮影現場のスタッフの作業は、緻密、正確に進行していた。
 とはいえ、私自身が作業を完遂できたかどうかは、逆にスタッフの判断である。
 台無しにしていなければ……と祈っている。
 私の役は時計屋である(笑い)
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by ihatobo | 2014-03-12 21:09 | 本の紹介

『店のない本屋』(石橋毅史)

石橋毅史(あつし)「店のない本屋」の連載が始まった(東京新聞)。
その第一回(3/4付)に彼のプロフィールが述べられているが、お客様が求めている本を、手数(交通費、知識など)とそれにかかる時間を度外して、探すことを、仕事にしている方々に、取材して報告するのが、この連載の主旨である。
前回の「文学」の隆盛/衰退とは別の、既刊(古本)の絶版、品切れの確認、更に、絶版本の探索など、一般には古本、古書店の機能を独立させたフォーマットである。図書館の機能とも重なっている。
つまり、アマゾンのようなものだが、そこからも当然洩れるタイトルがあり、それを探す、ということだろう。
またそのタイトルが曖昧だったり、作者も不明、内容だけが記憶に残っている、という本の問い合せも実際にある。際限がない。
第二回で紹介されている伊達雅彦は『傷だらけの店長』という著作もあり、文庫化されているそうである。
採算を度外視して購入した値段でそのまま売り柵に置くのは当店も同じだが、私が対象にしているのは自分で読んで良書と判断したものだし、値価の低い文庫、新書が中心である。
ただ、出版社にもよるが、著者の紹介があったり、私がその出版社の本を手がけたりすると、新刊(品)が小売(当店)店扱いで配本される場合もある。しかし、この場合は一般とは異なり、買い取りが原則で、返本は出来ない。
私の判断力が必要である。CDの回でも述べたが、売れ残れば私の眼力がなかったことになる。
それでも石橋がいうように本の紹介だけではなく、良書の存在を「伝え」たい、と私は考えている。
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by ihatobo | 2014-03-07 21:39 | ニューズ

『週刊ロビ』(ディアコスティー二・ジャパン)

高山なおみの『料理』(リトルモア)は、高山の文章力もさることながら、実用書として破格の美しさを湛えていたが、「並の哲学書を作るよりはるかに難しい」(斉藤美奈子)実用書がここまで美しいのは貴重。
少雨が一日中降り続け、知らずに止み、また静かに降っている。そうした”事実”に囲まれていると、時に穏やかさが訪れる。
文学が隆盛している、とか、衰退してしまったとか、現在の日本の状況を言い当てようと、その取り巻きたちが論争しているが、本がそこにあるのは”事実”である。
その”事実”を造っている方がいて、読者がいる。その”事実”の森の中で、彷徨っている人もいれば、「もう森にはいかない(F・アルディ)」人もいる。
穏やかにしていられないものだろうか。
今回は実用書を踏み抜いてホビーの制作本である。
副題に「パーツ付き組み立てマガジン」とある。
週刊!『ロビ』という雑誌があり、各号にパーツが付いていて、案内に従って組み立てれば、稼働するロボットが出来上がる。
面白そうなので買って来て、組み立てに挑戦している。
最終的には「なめらかな動き」「250もの言葉を理解」して会話出来る。
他にリモコンの操作、タイマー機能も付加できるという。
更に、掃除もこなすようになるらしい。
楽しみである。創刊特別790円も嬉しい。
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by ihatobo | 2014-03-05 20:54 | 本の紹介