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HE+ME=2 第18号のお知らせ

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当店の機関誌『HE+ME=2』第18号が完成しました!
今回のテーマは『安全(and then)』です。
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by ihatobo | 2013-11-30 22:27 | ニューズ

『かたちだけの愛』(平野啓一郎)その3

コーヒー屋さんでひとり本を読んでいると、それまで気づかなかった隣の席の会話が、急にハッキリと聞こえて来、明瞭な輪郭を持つことがある。

『かたちだけの愛』を読み終わったのだが、やはり、「他とは異う」終わり方で、ハッピー・エンドではあっても、呆気ないというのか「やすい感動」でもない、前回書いたように「私の手許に残る」読後感であった。じっとり、しっくりと。
私なりに、いくつものテーマを見つけたが、『陰翳礼讃』、母性とミソジニー、幻痛、真相、呼び名、軽蔑、パッション、と各章の題名だけを見ても豊かな内容を持った本だと思った。
こうした内容を実際の現場で、''事実''として記録できれば、いわゆる論文(明証)になるのだろうが、そうはいかない。複雑さがこみ入っているが如きなのが現場だ。
しかし、作者は諦めずに、複雑に分け入り、アリの巣のようにどこまでも''機能''的に地中を掘り進んでゆく。
あるいはこみ入っている段階では、決して始めに手を触れた壁から手を離さずに、根気よく、呑気に、力を出して書いてゆく。
それらの作業が、いつしか「あり得」そうなリアルな物語を造ってゆく。

隣の席の中年女性たちはまだ、「秋がなかった」ことについてくり返し喋っている。いくらか若く見える方が言う。
「コーヒー飲むのはひとりがいいわね」「そうそう」と相手が応じ、またくり返し同じ文を語り合っている。
この日は、そのなかった秋のように暑い程の午后だったのだが。
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by ihatobo | 2013-11-29 23:13 | 本の紹介

『かたちだけの愛』と『愛、賭け、遊び』

<娯楽>の意味について考え始めると、つい迷宮に入り込んで、''自己嫌悪''に陥るが、それは<賭け>の意味について考え込むのと似ている。(詳しくは『愛、賭け、遊び』トリスタン・ツアラ 1923年→83年)
先回チラッと書名を出した『かたちだけの愛』(平野啓一郎)が、『決壊』と同様、私にとっての娯楽になっていて、楽しい。
読み進んでゆく一文ごとに私の記憶(のコトバ)が、呼び戻されてゆき、この作品が私の手許にある限り、忘れ去っていたそれらのコトバが、あたかも私のものであるかのように残る。だから、再び考えなしに読み進んでいけばいい。それは快楽である。
しかし、この私にとっての快楽は、私だけのものであり、更に飽きたり、他の雑事で充満していれば、後回しになるものだから、わざわざここで紹介することはないかも知れない。
それでもこの快楽が、この小説のひとつのテーマであることは間違いではなく、結局外から眺めれば、それは恣意性で充たされている。

当たり前のことだが、主人公は''ベット''に集中出来ない。ーー今し方の惨めな役回りから脱しなければ、不意に、彼女を憎む気持ちに足下を掬われそうだった。
作者はそこでは、「何だろうね。…少なくとも、水や空気みたいに、無いと死ぬってほどのものでもないよ。」と書いて、本作を始める。
さて、私も本書が手許に無くとも「死ぬってほどのもの」ではないのだが…。
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by ihatobo | 2013-11-26 20:42 | 本の紹介

前野健太 デビュー6周年記念公演 at 東京キネマ倶楽部

前野健太 デビュー6周年記念公演 at 東京キネマ倶楽部

かつてキャバレーだったという会場には、いちど行ってみたいと思っていた。なぜか全席指定席だと勝手に勘違いしていて、行きの電車でチケットを確認しスタンディングだったことを知る。周りを見渡すとひとり、もしくは何人かの男性の集まりが目について、それが少し意外だった。天井を仰ぐとミラーボールが照れくさそうな感じでてろてろと回っていた。

ジム・オルークのギターソロを聴きながら、ばらの花束を投げ入れたい気持ちに駆られたが、そんなものが手元にあるはずもなく、隣人の手をちょっとだけ強く握るだけで精一杯だった。うたもバンドも客席にも、まごころが満ちている、幸福な空間だった。

(文責:スタッフO)
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by ihatobo | 2013-11-17 18:50 | ある日

『洋食や』(茂出木 心譲 中公文庫73→80年)

 最近、高級レストランの食材誤表示が次々と発覚してTVジャーナリズムが騒ぎ、連日その責任者の謝罪会見が放映されている。
 で、思い出したのがこの本。73年の単行本が80年に文庫になった。本書が“イキてる”かどうか、調べなかったが次のフレーズは丁度現状に対して生きている。
「最近でもランチに車海老のフライと書いてある店を見受けますが、モノが大正海老ではインチキと言われても仕方ないでしょう。」
 あぁー、昔からそーだったんだ、と思う。茂出木が泰明軒から独立したのが1931年、平仮名にヒラいて“たいめいけん”を新川に開業、戦後48年に新橋に移ったという。この海老の項には12種の呼び名が列記されている。
 しかし、こんなに騒ぐことはないと私は思う。データ(事実)に対する過敏な追求は天気予報と同じで、データを遂時集めるたびに実際はカオス(混乱)になってしまう。
 ま、高い料金を払った人がこれじゃ、怒るのも無理もないけど。
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by ihatobo | 2013-11-16 09:31 | 本の紹介

「版画 珈琲(こうひい)物語」(MIDI Creative 12月初め発売予定)

 コーヒーに対する愛着を元に、その飲み物の生産、種類、そして抽出までを発祥から700年余りの歴史を辿る数々の資料に残る場面を、版画に刻んだ物語。
 その点数は100点、製作年数が3年という。驚異的な労作から選ばれて、ここに記録されている。その作業呈に、まず圧倒された。
 しかも、サウンド・トラックは全編に渡り寺尾紗穂が作曲演奏。
 オープニング(湯布院の朝)ではオリジナルを歌う。圧倒的である。
 しかし、フィルムは端々と静かに流れてゆく。オープニング、世界編、日本編の三部作である。詳しくは次回に。
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by ihatobo | 2013-11-11 22:12

『かたちだけの愛』(平野啓一郎、中公文庫10→13年)

あちこちに寄り道をしている間に、『手入れという思想』(養老孟司)、『かたちだけの愛』(平野啓一郎)を買って読んでいる。
電車内の中吊り広告で知ったので新刊かと思ったが、前回の『俳優のノート』(山崎努)同様、新装再版らしい。平野以外は、十年以前が初版である。
ところで、『俳優のノート』と併せて『ないものねだり』(中谷美紀、幻冬舎文庫08年)も読んだ。
中谷も俳優だから、こちらも<役者>なのでその役を演ずるのに、男も女もない。ただ演ずる者として、その芝居の質を高めるのに専心する。そこで触れられたシーンの恐らく別バージョンか、アウト・テイクが、TVのCMで流れたのを極く最近見て、私はハッと息を飲んだ。その映画を見たいと思った。
紹介する作品があちこちに散らばって、紹介文としては失格だが、今回の『かたちだけの愛』がとりわけ良い。日本語のいう「かたち」とは、事のつまり、リズムなのだ。
「演奏の長さは、トニー(・ウィリアムス,ds)のトップ・シンバルの一撃が決めていた」(マイルス・デービス)なのである。ここでいう「かたち」を演奏が始まってから終るまでの間、つまり演奏の全て、とすれば、正に演奏の「かたち」はリズム(一撃音とその消失)なのである。
さて、「かたち」だけの愛とは?
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by ihatobo | 2013-11-08 21:49 | 本の紹介