<   2013年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

「俳優のノート」(山崎 努 文春文庫)

 言葉の通りの「役者」に興味のある私は、その時々にその仕事である芝居の時間をどう考えるのかインタビューしてみたいと思っていた。
 特にこの店を始めてからは、役者さんたちのインタビューを拝見し、テレビ等で観たりするにつけ、説明できない親近感を感じるのも度々で、何が私を魅きつけるのかを知りたかった。
 今回はその役者自身のエッセーである。
 『俳優のノート』(山崎 努 文春文庫 00~03年)が今年になって新装され、再版された。(10月)
 狙いは当たっていて、「芝居は水商売に似ている」から「作品を観客に捧げる」までも、文脈を掴んで行を追うと、店の作業に対する私自身の覚え書(ノート)かと思う程によく分る。もちろん私やスタッフ各人は役者ではないから、日常の作業とここに述べられている芝居の時間は、事実と異なっている。しかし、少なくとも私には「分かる」のだ。
 その分かるコトバとその文脈を逐一ここで挙げれば、少しはこの本に対する私の愛着が伝わるかも知れない。例えば「生意気な木偶の坊が空威張りしているだけ」と彼は自分の修行時代を形容するが、同じである。
 あるいは、このノートの本領であるリア王に関する彼の“読み”もよく分かるのだ。「ここいるのはリアではない」から「俺は誰だ?」までのリア王の台詞にしても、天井天下、唯我独存である“王”の孤絶と誇りの間で揺れる店主と重ね合せることも私にはできる。
 自分が培ってきたレシピが、何処でも通じるかどうかには応え(答え)がない。
――――自己実現には限度がない。
 そして長い知人のアドバイス。
――――自分にとって大切に思うことは、絶対誰にも言うな。絶対に。演出家にも言うな。胸に秘めていれば客に伝わる・・・
 彼はこの知人との会話の時間をテープに回すことにしている、という具合である。
 私たちは「作品」(コーヒーなど)をお客様に捧げている訳ではないが、納得のいく品々を作り、そのあとお客様の答えを欲しがってはいるが、それはお客様の物である。そこまで立ち入ってはいけないことも知って作業を、日々くり返し何度も鍛えている(メンテナンス)。
 芝居は作品をあて込んでチケットを買う前払いだが、喫茶店ではコーヒーの他の舞台装置、つまりイス・テーブルの調度、背景音楽、書籍なども含んでいるものの後払いであるのが異なるだけである。
 <役>に対する価値観が似ていることが分かった。
[PR]

by ihatobo | 2013-10-31 11:16

『私の運命線』 センティ・トイ

 スタッフが持ち込んだ本作を紹介するのも忘れ、耳の快楽だけで店で流していたのが本作how many stories do you read on my face(邦題 私の運命線)
 主人公はセンティ・トイ。センチメント(感情)なオモチャという、こういうのを“かっこいい”といわないだろうか。
 共演者にはブライドン・ロス、フェルナンド・ソーダ―スというひと括りにできない強者たち、AIRのヘンリー・スレッギルの名も周辺にいるとのこと。耳に心地良いのも合点がゆく。(注、周辺どころかスレッギルの妻だそうである!)
 英語タイトルは人相学を念頭においた、彼女の顔写真で飾られている。
 久々のおすすめの一枚。
[PR]

by ihatobo | 2013-10-29 10:13

『気象で読む身体』(加賀美雅弘 91年 講談社現代新書)

 店にストーブを出す季節になると、朝、雨戸を開けたときに金木犀のほのかな香りが流れ込んでくる。
 それは例年通りだが、毎年チョコレート・ケーキに添えていたミントが、とうとう今年は育たなかった。
 その代わりに、近所の木々はモリモリと枝葉を伸ばし、ツツジなどいつもの倍ほどのボリュームになった。開花も二度咲き、三度と寒暖の差が出る度に咲いた。
 こうした気象の変化は、身体にどの位作用するのか? ということで積ン読本『気象で読む身体』(加賀美雅弘 91年 講談社現代新書)を読んだ。
 本書はいわゆる“学際”領域の研究を総合しようとする「生気象学」の概観本で、気象学(大気現象の法則)医学、地理、公衆衛生(細菌、昆虫生態学)などの関連、位置関係、を歴史的に概観している。
 この「生気象学」は、医学の祖、ヒポクラテスの『空気、水、場所について』に、いわば先祖帰りしようとする総合科学ともいえる。
 近代になって一方では、物質とエネルギー(物理)の物質的な実証に向かった実験科学と、そこから派生する分子生物学、化学(薬学)を基盤に、自然(環境)に対する人類学、あるいは人間を含む自然“科学”を構築しようとしている、といえる。
 しかし、実は、それが私たちが知っている“風水”なのだ。だから、その文脈では“風水”を科学するといっていい。
[PR]

by ihatobo | 2013-10-11 10:13

祝!開店から36年経ちました

さて、このブログも開始から来年で10年になります。

お店のメニューについては、余り触れてこなかったので、まず、コーヒーから紹介します。
豆は大別してアラビカ(70%)カネフォーラ(30%)とリベリカの三種類で、現在は()内が示すように前二種でほぼ100%が流通しています。
私たちの店でもアラビカ種の豆で、大雑把にいえばブラジル(サントス州産)4 コロムビア3 ガテマラ2 にかつてはペルーが1で、10という比率のブレンド・ビーンズをお客様に提供しています。
4,3,2,1はブレンドの定番比率です。
しかし最近は東南アジアと中央アフリカでも良い豆が生産されるようになり、各コーヒー会社(生豆の選択、選別、ブレンドの配合技術と焙煎技術)は、競って上記の比率を守りながらよりクオリティのあるブレンド豆を提供するようになってきています。

私たちの店にも数社からのサンプルが持ち込まれ、特に最近はより小規模なブレンダー/ロースター工房が現われ、その直営店へ、今度はこちらから出向いて試しています。
基本となる要素は香り、酸味、苦味の三種。
しかし、焙煎してからブレンドするか、ブレンドした豆を一気に焙煎するか、二通りあり、大変こみ入っています。逐一テイスティングして記録してゆく訳ですから。

当店スタッフのひとりも、小規模ブレンダー/ロースター工房を作ろうと日夜記録をくり返しているようですが、テスターも複数人員がいた方が明確になることもあって、大変そうです。
ならばストレート豆で、と考えてゆく道もあるのですが、『椏久里の記録』で述べたように、味に、深さ、複雑さが出ないのも事実です。

つづく
[PR]

by ihatobo | 2013-10-06 00:40 | イーハトーボについて

『シジフォスの神話』 (アルベール・カミュ)


 「新しいものってね、時が経っても、古くならないもののこと」という小津映画でのセリフがあるが、「神話」で忘れていたのが『シジフォスの神話』である。
 近代において、記述すること、つまり、誰もが何らかの記述ができるようになった事態に対して、カミュの主体は『異邦人』(42年)を作らざるを得なかった、その作業の詳細、つまり『異邦人』の“メイキング”を、本書は内容としている。
 『異邦人』自体も「古くならない」が、本書は、その前文であり、長いあとがきであり、解説書でさえある。
 この作品が、個人のものではなく、本書を含んで、長く残されている。少なくとも、私が長い期間に渡って再読し、その度に新しいのが、この両書である。
 芳川泰久が述べるように、ある作家の文体が当時「新しい」ものであり、現在それが小説のスタンダードになった、としても、いずれそれは古くなるだろうと思う。
 デリケイトな言い回しになるが、「映像によって書く事」(本文)を選ぶ作家たちは確かにいる。私も彼らの作品を気に入っている。だが、それがスタンダードになるだろうか。「それは数学に極めて親近であり、数学の無償性を分かち持っている」(本文)という枠組ではあってもスタンダード(主柱、標準)ではないと思う。
 ところで2013年7月のブログで扱った『素数の音楽』(マーカス・デュ・ソーイ)が文庫化(新潮社)された。同じく枠組みを提示する類の本です。
[PR]

by ihatobo | 2013-10-04 06:56