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『貧乏神と福の神』(水木しげる 10年、集英社)

 いつの回だったか『黒猫』(エドガー・アラン・ポゥ 集英社文庫)を紹介した時に、もう大人なんだから怖がらずに全行を読もう、と書いたのだったが、本書を読み終えてそのことを想い出した。
 水木しげるは、私たちの先行世代で、既に大家としての地位を確立していたが、いま読んでみると新しい。
 不可解や不思議を「棚に上げて」、思うことと事実の間をフィード・バックしながら、私たちの日常は進行している。
 しかし、時に、その不可解や不思議がその日常に姿を現して私たちを驚かす。
 親や先輩たちが「迷信」のコトバを使って、繰り返し否定していた“現象”の驚きはこの妖怪の仕業だった。
 つまり、それは近代の物言いである。
 モダニストである水木の作品がもたらす驚きはやはり“永遠”である。
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by ihatobo | 2013-06-25 05:49 | 本の紹介

カルメン・マキさんと台北のレコード店

 
 先日、近所のレコード店の袋を持った二人の男子が「レコードだけ見ていいですか?」と言って入って来た。イントネーションが変わっている。
 しばらくすると「浅川マキ・・・じゃない、カルメン・マキはありますか?」という。
 うーんと思ったが、確か・・・と思い、私が“エサ箱”を漁るとマキOZが2枚出て来た。ファーストと4枚目。見せると、「オーッ!これ(4枚目)見たことない!」で即売れた。
 台北のレコード店の店長らしく、彼の町でも70年代モノが流行っているという。(アチャー)
 そして、レコードをパッケージしているとカウンターの向こう側の彼らの視線が不自然に斜め上向きであることに気が付いた。こちら側から私が覗き込むと、田附勝の『KURAGARI』を見ている。
 「田附さん、ご存知ですか?」
 「アー知ってる、知ってる。見たことある(友人が持っているのを)」
 先回の偶然/必然がこの日も続いた。その経緯を田附さんにメールすると、「あー嬉しい」。アメリカ、西海岸で個展を開いた実績を持つ彼。今回の作品も、台北で注目されている様子。何かが起こりそうで楽しみである。
 『KURAGARI』は当店でも売っています。
 見本もあります。
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by ihatobo | 2013-06-22 17:37 | ある日

『オレらは肉の歩く朝』(前野健太/フェリシティ PECF1062)

 前野の4作目のアルバムはジム・オルークのプロデュース作。
 この奇妙な言い回わしによるタイトル、春までの間レコード店の広告に使われた「この時代が何か、分っていたら歌は答合せになってしまう」という彼のメッセージ、「百年後、キミと(あの店で)待ち合せ」等々、彼の<歌>にはドキっとさせられる。本作も後半へ向う<歌>の流れがいい。
 前野のピッチが揺れる「東京2011」に、彼は録り直しを求めたが、ジムに説得されたという「今回は受け入れてみようと思った」
そのバンドで今年の"フジ・ロック"に出演が決まったそうである。(祝!)
 加えて、前回紹介した『ソウル・マイニング』(みすず書房)の著者、ダニエル・ラノアと同じ日のステージにブッキングされている、という。
 私たちの店は、「新譜と新刊を追って36年」としているが、そのとおりの偶然(必然)のステージがこの夏実現する。

 今回は加えてアゴタ・クリストフの第一作『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)の紹介を一言。第二作『ふたりの証拠』から読んでおいてラッキーだった、というのが読後感。
 本作は余りにもヒドイ。多分、初読時それを予感したか、来日時の情報による判断だったのか、無意識のうちに心を閉ざして行を追ったのだろう。
 第二作よりもより過酷である。
 「事実」を列記してゆく、叙事文体は変わらないものの、いやむしろ、ある軽さを放射しながら、行は進む。
 自分の能力を鍛え、何事にも心を開いて踏み込めば、良いことを、この本は教えてくれる。
 その偶然/必然の日、もうひとつ偶然が重さなったのだが、それは次回に。
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by ihatobo | 2013-06-13 11:56 | どちらかといえば、新譜案内

『ソウル・マイニング』(ダニエル・ラノア、訳;鈴木コウユウ、みすず書房)

 本書著者は、ミュージシャン、レコーディング・エンジニアであるダニエル・ラノア。
 彼はカナダ、ケベック州の大都会トロント近郊で生まれ、ハイ・ティーンには、バンド活動と共にエンジニアとしても仕事を始めていた。更に、この時期に自身の作詞、曲、録音を百曲以上持っていた、という強者。
 デビュー前のこの80年前後に、ブライアン・イーノとも継続して仕事をしており、カナダの仏語圏が出自である彼が、その後ザ・バンドや旧仏領であった南部ニューオーリンズに関心を向けたのには合点のゆく経歴。
 それらの人的、音楽的作業を持って89年になってから、自身の第一作『アカディ』と、ネビル・ブラザーズ(『イエロームーン』)ボブ・ディラン(『オー・マーシー』)をプロデュース、ネビルではグラミーを獲得している。
 しかし、それらの経歴も立派だが、彼のサウンドが素晴らしい。この頃から私自身は音楽をサウンドで聞くようになった。
 もっといえば<音>である。よくミュージシャン達が囁くように「鳴ってる」が、アルバムの評価の要となった。
 さて、本書はその頃から私たちの店を使っていてくれる鈴木コウユウさんの翻訳本である。
 数日前、店に現れた彼が帰り際に「ダニエル・ラノア……」と小さな声で私に声を掛けて来た。
 この三月に出版された本書を、購入リストに入れ、カウンター内に貼っておいた私は、
「あーっ、ダニエル・ラノア!」とオウム返した。
 すると、「オレ訳したんスよ」というではないか。
 そして本日、彼は本を持参して再訪してくれた。話を聞くと、私の他所での仕事も長く見ていてくれているらしく、私は驚いた。
 レコーディングのスタイル、プロデュースの手法も述べられており、私が“出口”で聞いている音の成り立ちが、少しは合点のいくことになるかも知れない。何しろ343ページの大冊なので目下楽しみに読んでいるところである。
 それにしても、奇怪な梅雨である。
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by ihatobo | 2013-06-06 11:21