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『呑めば、都』マイク・ラモスキー(筑摩書房)

 「他者の内部を透明にするのが、小説の言語の特性」(小野正嗣)だとすれば、私たちがページを綴るにつれて、自分の内部にある過去のあるシーンや単語、文などがズルズルと引き出され、あるいは思いもかけない空想が、“想い出”され、その小説に自分自身をいわば肩代わりしてもらう、そんな(自分とは)別の人生を味わうことになる、ということだろう。
 それと同様の読後感を味わったのが、本書で、しかしこれは小説ではない。実在する社会学者が、自分の足と五感で「現地調査」したレポートである。だが、居酒屋探訪のガイド・ブックとも違うし、文化人の単なるウンチク・エッセーでもない。
 それでも、あたかも私自身が件の居酒屋やその街を歩いたように“想い出”されるのだ。
 というのも、前回述べたように、客としての自分を私は知っており、その真当な有様がここに記されているからだ。本書の随所にいちいち思い当たる。
 そして、店側とお客様の両者に当事者たる自覚が必須であることにも私は同意する。客との「無言かつ無意識の伝達」をスタッフがそのシーンで造り上げている。それが、一瞬立ち現れる<場>であり、その一瞬に立ち逢えたことが世界から褒められているかのように誇らしく思えるのだ。
 それを待つために、日々店のメンテナンスに励しむことになる。それが「一期一会」限りであっても、その記憶は当事者の内部で揺るがない。喫茶店や居酒屋はそのような<場>として現代社会で機能している。その事情が本書では詳述されていて力付けられる。
その店のロケーション(地理)や店が辿った歴史にもよるが、その店の建物、店内のレイアウト、メニュー、内装、雰囲気など種々の段階のあらましとその機能の様子が、詳述されている。
 しかし、筆者の眼目はそうした<場>で起きる人々の交流であり、それに向けた客としての情熱(行動力)の吐露のようである。
 現代社会では、故郷(依りどころ)を喪失した「個人」が過去の想い出(ノスタルジィ)やまだ見ぬ異国への憧憬(エキゾティシズム)を頼りに、相反する心情を抱えながら日々を送っているのだが、ケチ臭い人工物(システム)を造るよりも、そうした矛盾だらけの現実や真実にいちいち全力で対応するのが著者の流儀のようだ。
 彼はこう記す。「これは私にとっての倫理の問題だ」と。
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by ihatobo | 2013-02-22 18:48

ヒミツ第16号のお知らせ

He+Me=2 16号 出来ました!
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by ihatobo | 2013-02-19 00:17 | ニューズ

『何者』その2

 というのも、実際にはありそうなこの"青春群像"物語は、喫茶店の日常では珍らしくない。ことを私は知っているからだ(当店自主本『秘密の喫茶店』1987年)
 私はその店主だから、前記の傍観者なのだが、自分が客になった時に思うのは、その店ではその店の顔になり、他の店ではまた別の顔をしている自分を知っている。ということである。
 統一的に述べるには紙面が足りない。しかし、そのどれもが自分であることに確信がある。このブログでよく使うフレーズ「私はウラ、オモテのない人間だが、いまここで見せていない自分もいる」はそういう内訳を持っている。
 その密そかな認識を把持しながら傍観している。その位置を決して動かない。
 つまり、店の日常のなかで、"青春群像"劇が演じられていても余り心が動かない。「彼らは彼らで虚々実々なのだ」と思えるのだ。何か特別な切迫した場面に出喰わさない限り、お客様に声をかけたり、会話をしたりすることはない。「王様の耳はロバの耳」を叫ばれ続ける穴として店にいる(ちなみにキリスト教圏ではロバは愚鈍)
 そしてそれらを口外しない。かといって偉そうに「イツモ静カニ笑ッテイル」わけでもない。
 思い起こせば冷めた読後感をもたらす作品が他にもあった様にも気づく。エーガっぽいのかも知れない。
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by ihatobo | 2013-02-16 15:04 | 本の紹介

『何者』 (朝井リョウ 新潮社)

 読み終えたスタッフが貸してくれた本作を読んだ。
なかなか私の知っている読書の時刻がやってこない、と感じながらも、
グイグイとページは進んでいった。そして、やがて最終行に至って
やっと笑いが起こり、小説だったと納得した。
マツリ縫い、といったか、ゆきつ戻りつする運指があったが、
そんな風にネット上のツブヤキが挿入されていて、文の時刻の
順番が入れ替わり、物語の進行が重層化されてゆく。
そのために、物語の細部が目の当りにするようにリアリティを
持つ。その意味では台本のト書のような役割をツブヤキが
担っているのかも知れない。
何箇所かスリップしたが物語はあり得ると思わせる説得力があった。
主人公が傍観者なのか、観察者なのか、あるいは筆者なのか、
それだけでも小説の問に足りているし、汚くて、怖い詰りコトバも嫌味がない。
だが、コレが賞賛されるのもなァ、という冷めた読後感である。(続く)
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by ihatobo | 2013-02-08 22:29 | 本の紹介