<   2012年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧

『ラブ・ジェネレーション』早川義夫と『ペット・サウンズ』ジム・フジーリ

前者は72年初版の再改訂・増補版。内容はその年までの5年間に早川が依頼されて書いた短文に、彼自身の歌詞を挟んで構成されている。
 早川も記しているように「けずらなければ」と考えられる短文だが、「でも、言いたいことというのは、言いそびれるようにできている」
 しかし、こうした消息文、日録文は その書かれた時点での勢いや背景が抜け落ちてしまうのも事実で、私の編集者としての経験でも文脈のない文の羅列になりがちである。
 つまり、早川がここで「言いたいこと」はだからこそこの世に〈うた〉があるのだ、ということだろう。「言いたいこと」を実際の時刻の流れに落として発声してみる、それが〈うた〉ではないかと私は考えている。
 後者は、同様に自作詞を歌うブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)の歌詞と、後年のインタビューでの発言を集めたジム・フジーリによる評伝。
 時代は更に4〜5年さかのぼるが、前者が不足しているとすれば こちらは過剰といえる。編・著者がブライアンを「鏡として自己を写し出す」ことに専念している分明証的記述で一貫しており、加えて楽曲分析に歌詞(発声)まで翼を伸ばしているのは新しいと思った。
 しかし、両書とも読む者の気分/心を揺るのは重い。音楽(家)に対する批評なり評論は、対泉があるテキストであるのとは異い、いわゆる"タレント本"になりがちである。
 私もそうした文をたくさん書き、編集者の立場では勢いや背景を可能な限り紙面に載せてきたが、その面では明確な限界線があり、そこを踏み越えることなくかわし、物体としての本の制作に専心することにしている。結果対象のタレントは裸のまま眼に見える文になってしまう。
 しかし、その過程は一筋縄ではくくれない。特にブライアンの場合は記されているように「総合失調症」「うつ病」を発症している時期があり、事情は更にこみ入っている。
 ポイントを記せば対象が私(達)に移ってくる。仲間うちではそれを"伝染る"といって、作業を進めるために、私達は"抗体"を作る。
 この本の著者の"抗体"は「正直」だと思った。それを重層的に構成している。過剰になるが仕方ない。
 店の運営も、同様の交流が起こる。店主/スタッフはその都度 誘惑、未成熟、へつらい、お荷物 を引き受けて平然と注文(オーダー)に従って作業する。別の場所(『東京の喫茶店』川口葉子)でも書いたのだが、店は企業にたとえれば総務部なのである。しかも現在進行形の…。
[PR]

by ihatobo | 2012-01-21 15:59 | 本の紹介

看板2

 この看板は年に二〜三度のことだが、突風が吹いて倒れる。
風向きにもよるが朝の具合で、ワイヤーで壁に繋ぎ固定する。
しかし倒れる時は倒れる。その時は、看板に取り付けてあるクリップランプ
もろとも電球が飛び散る。
 この店は昼間かなりデカイ音量でCDを鳴らしているが、それでもこの
飛び散りの際は聞こえる。
 更に、ひとりで埋まってCDを聞いている時など、その瞬間に当然
電圧が変わってしまうので、音が揺れる。わずかだがそれを思い出すと
気持ちいい。
 という訳で、補修約10日後に突風が吹き又も無惨に壊れた。
 今回正月明けのバタバタもあってツメが足りなかったのは知っていた
から、も一回スタッフの居る時に、と算段し土曜午前中と決めて
いたのだが、その三日前にヤラレてしまった。
 いつもの改修・補修や本、CDの整理、棚出しもそうなのだが、
スタッフがいるといないでは私の作業率違う。当り前だが、全行程の
評価では10倍は差がつく。
 ともかく、それは終了したのだが、この日は次いて切れる筈のない電球が
切れ、それもまた営業時間中であったために、応急のスタンドを立てた。
敗け惜しみ、ケガの巧妙だが照明が代わると、それはそれで楽しい。
[PR]

by ihatobo | 2012-01-15 23:19 | ある日