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『ブック・ビジネス2.0』と『反音楽史』

 11月になってもなかなか寒くならないので、自宅を出る際の上着の選択に悩む。
 その日の気温を読み間違えると、「世界でたった独りの自分」がその浮いた姿で街中を歩いている孤独感を味わうことになる。
 酷暑の夏にはただ快楽のために本を読んだが、やっと紹介しようという気になったのが『電子書籍の時代は本当に来るのか/歌田明広』(ちくま新書)『ブック・ビジネス2.0』(岡本真、仲俣焼夫編者、実業之日本社)の二冊。
 四月に出た『グーグルに意義あり/明石昇二郎』(集英社)と共に“電子書籍”をめぐる報告書だと考え伴わせて読んだが、この店がずっと手造りでやってきた出版営為と何ら変わることはなかった。
 “電子”テクノロジーの整備によってそうした出版に対する人々の意欲が、“カタチ”になろうとしているのかも知れない。
 新刊では文庫だが、電車の中吊りで見た『反音楽史/石井宏』(新潮、04→10年)を、他の新刊目当てで入った書店で見つけ、継いでに買ったが、面白い。
 480項余りの分厚さで560円が何より嬉しかったのだが一気に読んだ。
 モーツアルト、ベートーベンを聞いたゲーテの感想(『イタリア紀行の「書簡」』)それ以前のべネチア、ナポリ、ウィーンの音楽状況、オペラの実際など、豊富な文献(各教会の公演録)踏査に基く簡潔な記述が快い。
 デカルトに講義を頼んだデンマーク女王、クリスティーナ、ルソー、フランス革命、ナポレオン、ロシアの女帝エカテリーナも登場して、遠い昔教科書に出てきた理想、理由や崇高、真・善・美といった“美学”用語もあり楽しく読める。
 そして、何よりもジャズの発生とその内訳の“音楽史”的背景の記述、という風にも読むことができたのだが心強かった。(11月28日『鷲津誠トリオ』ライナーノーッ参照)
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by ihatobo | 2010-11-22 11:17 | 本の紹介

Her One and Only Dream

『彼女のたった1つの夢』ノート

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11月28日全国発売開始の『Her One and Only Dream』
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 本アルバムに収められた演奏は、一般に“フリー・ジャズ”“即興”と呼ばれ、それが“難解”や“感性の露出”と形容されたり、“解説”されたりするが、以下に述べるように、シンプルにジャズの一形態であると考えてさしつかえない。
 その呼称や形容は、その草創期の取り巻きや制作者の間にキャッチボールがなされた痕跡で、呼称はもちろんとりあえずの呼称であった筈で、他にニューシングス、集団即興演奏など英語、訳語を含め様々な呼ばれ方をした。
 だからその呼称、形容を含めて当の演奏とは、“当たらずとも遠からず”の距離があった。
 しかし、そのことは良し悪しの両方があり、特にここで揚げ足をとるつもりはない。ただ、それらの痕跡(解説された文や作品)が長い時間を経て独り歩きを始め、必然的に「神話」化され、その「神話」もその抽象/具象の様々な階層構造を持つために、多様の「解釈」を呼び込み、それらの全過程がスタティックな権威に逆戻りしてしまうのでは本末転倒である。それは“フリー・ジャズ”ではない。
 私の取材に鷲頭が答えたように、それは「瞬間に生まれ、消えてゆく」のである。
 ジャズはその発生当初、歌(旋律)やダンス(リズム、身体的アプローチ)と併走しながら始まった音楽であり、あるいはパレード・バンドのように外部をその範囲で取り込んで独自の形態を確立した。
 その後に近代テクノロジーによって“鑑賞”音楽として自立したのがビーバップである。しかし、その内に歌とダンスを含んでいるために、その内訳を丹念に、あるいは極端に辿ればビーバップか“フリー・ジャズ”にならざるを得ない。
 それが“フリー・ジャズ”の「神話」化されない事実であり、本アルバムにはその事実が記録されている。
 しかし、ここに収録された演奏は、ありふれた日常を流れている時間とは別の、当事者たちによって構築された時間であり、別のコトバを使えばそれはフィクションである。
 映画や芝居と同じように、日常の外に造られたひとつの表現世界である。私達はそれを前にしてたじろがざるを得ない。
 特にそこに流れる時間を問題にしながら構築される“フリー・ジャズ”のミュージシャンは、過酷な<速さ>を要請されている。彼らはとても忙しい。それに私はたじろぐ。
 音楽の“三要素”である、旋律、和声、リズムが、価値だけを残して意味に追いつかれるよりも速く、それを振り切る、その<速さ>を維持しなければならない。
 「(演奏が始まれば)互いの音を聞いている」と鷲頭はいう。
 あたかも片翼50m程の翼を持つグライーダーを空中で維持(フィクション)していなければならないかのように力と徹底した冷静さが必要な作業である。
 そうして、聴くもの(聴衆とミュージシャン)を含めたその場所に「ジャズは自由」(T・モンク)がビルドアップされる。
 旋律を含んだ発声(コール)とその長さに導かれる④『Free P』はビーバップの名曲、ディジー・ガレスピーの『ソルト・ピーナッツ』が原曲で、彼の声が届いた距離を閉じるように<速さ>が演奏を締めくくる。
 鷲頭とは72、3年頃に私が雇われ店長をやっていたジャズ・クラブで知り合ったが、彼は当時、殆どのドラミングをクリアしていた。
 今回初めてその経緯を尋ねると、現在までの期間、自分の教室を持ちながらライブ・シーンでの活動も維持していたという。
 そのなかで、彼とも私は旧知である中村達也とも2ドラムで共演しており、「リズムの構想は中村」が②『T's Theme』である。
 その②『T's Theme』と冒頭①『Her One and Only Dream』がまた別の階層で演奏される林栄一とのデュオである。
 当然だが林自身のビート感、音色が演奏をコントロールしており、コトバ伝いでいえば「時刻」よりも「光度」である。
 つまり“透明”のようなものが“構築”されており、響きが静止した「透明」の枠内で鳴っている。
 かつて終演後の林に対面で私は「響きすぎ」といい放ち、殴られそうになったが、そんなことを伝えたかったのだと思う。
 ③『Trienma』は作曲家として活動している野本正樹の曲で、言葉の意味は“三重苦”だが美しいバラード。
 ⑤『悪魔的循環』はまさに「神話」化されない「神話」のコンプレキシティがそのまま提示されている菊地潔の曲。題名とは逆のかすかだが光さす明るさを持った演奏になっている。
 最終⑥『Emergency』はトニー・ウィリアムス由来の演奏で私はデンキ!を感じた。
 「雷の音は、では自然音ですか電気音ですか」(滝口修造)である。
 しかし、以上述べてきたことは、音楽一般にもそのまま当てはまる。最近知ったポップ・ソングの歌手の発言を引用しておこう。
 彼女は音楽には「身をまかせながらも自由というありえない放任の約束がある」という。
 旋律、和声、リズムを親にたとえて、その子供が親の手を離し、「大きな世界へ一人で歩きだす、そんな自由な精神、自由な身体を」音楽に感じる、という。
 そこで初めて「感性が露出」し“物質化”する。それはしかし「難解」なのではなく、魅惑的な複雑さをたたえた構築物なのである。
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by ihatobo | 2010-11-02 12:45 | CDの紹介