カテゴリ:ある日( 26 )

ある晩、ハリー・コニックJR.『ロフティーズ・ローチ・スフレ』とともに

 予定調和の腹の探り合いの会話を、それと知って、楽しむカップルが最近増えてきた。

 「さみしかったの」と相手の女は親密にいう。店内はセロニアスを受け継ぐハリー・コニックJR.『ロフティーズ・ローチ・スフレ』(1990年 ソニー)が、少ない音を連ねている。
「オレが嫉妬する」と含み笑う。男がそう言い放つ。
 女に定められたオ相手がいるのだろう、相手についての愚痴をこぼして、今夜のオ相手の気を魅こう、という、作戦だろう。
 ほどなく二時間余りの会話を楽しんだあと、「電車の時間が…」と女が言い、連れ立って退店された。
 時折起こった大笑は、恥しい告白の際だったのだろう。「オレ、コンドーム、アマゾンで買ったもん、24ダース。」という爆発を残して消えた。
 そのコトバの際は4曲目「MR.SPILL」だったが…辞書を牽くと「もらす」「栓」「転落」とあった。

 アルベール(カミュ)じゃないんだから。
 メールの「会話」のよーであった。せっかく新幹線で来た女と会話してんだから。ったく。もったいない~





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by ihatobo | 2015-05-15 00:30 | ある日

家人のいない部屋

子供の時分は、雪の積もった朝は、人の歩かない雪上を選んで進んだものだったが、近頃は、人の通った跡をそろりと踏んで歩くようになった。
家人が出払った昼前に猫が雪を眺めていた。賢い老猫は、生活のリズムを規則正しく反復するのが常だから、窓ガラスに向かう後姿に視線を奪われた。
声をかけようかと迷っていると、室内の静寂が極立った。この包まれて気持ちが満ちてくる時間は久しぶりだった。
小雨の降り始めとも違う、永遠に続くかと思われる静寂。
ストーブで沸いた白湯を啜ってこの日は仕事へ出かけた。
『大雪』にもかかわらず、この日は普段より多勢のお客様で賑わった。
雪の日の静寂を求めているのだったかも知れない。喫茶店は家人のいない部屋であるのかも知れない。
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by ihatobo | 2014-02-10 18:31 | ある日

前野健太 デビュー6周年記念公演 at 東京キネマ倶楽部

前野健太 デビュー6周年記念公演 at 東京キネマ倶楽部

かつてキャバレーだったという会場には、いちど行ってみたいと思っていた。なぜか全席指定席だと勝手に勘違いしていて、行きの電車でチケットを確認しスタンディングだったことを知る。周りを見渡すとひとり、もしくは何人かの男性の集まりが目について、それが少し意外だった。天井を仰ぐとミラーボールが照れくさそうな感じでてろてろと回っていた。

ジム・オルークのギターソロを聴きながら、ばらの花束を投げ入れたい気持ちに駆られたが、そんなものが手元にあるはずもなく、隣人の手をちょっとだけ強く握るだけで精一杯だった。うたもバンドも客席にも、まごころが満ちている、幸福な空間だった。

(文責:スタッフO)
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by ihatobo | 2013-11-17 18:50 | ある日

カルメン・マキさんと台北のレコード店

 
 先日、近所のレコード店の袋を持った二人の男子が「レコードだけ見ていいですか?」と言って入って来た。イントネーションが変わっている。
 しばらくすると「浅川マキ・・・じゃない、カルメン・マキはありますか?」という。
 うーんと思ったが、確か・・・と思い、私が“エサ箱”を漁るとマキOZが2枚出て来た。ファーストと4枚目。見せると、「オーッ!これ(4枚目)見たことない!」で即売れた。
 台北のレコード店の店長らしく、彼の町でも70年代モノが流行っているという。(アチャー)
 そして、レコードをパッケージしているとカウンターの向こう側の彼らの視線が不自然に斜め上向きであることに気が付いた。こちら側から私が覗き込むと、田附勝の『KURAGARI』を見ている。
 「田附さん、ご存知ですか?」
 「アー知ってる、知ってる。見たことある(友人が持っているのを)」
 先回の偶然/必然がこの日も続いた。その経緯を田附さんにメールすると、「あー嬉しい」。アメリカ、西海岸で個展を開いた実績を持つ彼。今回の作品も、台北で注目されている様子。何かが起こりそうで楽しみである。
 『KURAGARI』は当店でも売っています。
 見本もあります。
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by ihatobo | 2013-06-22 17:37 | ある日

当店でのエピソード #2

G.Wの最中、既に30年近いお付合いのAさんが、ヒョッコリと現われた。
彼もまた職業柄新譜を追い続けている。
最近の傾向の情報交換していると、彼から預って売っているアナログの話になった。
「三波春夫がいまないんですよ…」 という。
実に、それが売れ残って店にあったのだ。
来週までに出しときますから、といって店中を探すと、他に河内音頭のシリーズが
見つかった。
“昭和歌謡” がトレンドなのは知っていたが、どうも最大で流行しているらしい。
今回それを返却すると、「いやー、嬉しい。三波さんのもう一枚も欲しいんだけど、
そっちはCD化されてる」 それでもう一回「いやー、嬉しい」
とご満悦で帰られた。
「トランク・ルーム代を払います」といったが、どちらも唸り、沙汰なしとした。
 互いに契約せずに、納品書は手許にあったものの25年余り預り放しの
売却用物品というのも珍しい。
互いに誤魔化しはなく、馴れ合いもない。
そうしたお客様は他にもおり、かといって同好の飲み友でもない。店はそうした
距離を維持しながらどこかで完璧に共感できる方々と共に年月を重ねている。
 その途中、この店が潰れようが、そのお客様が外国に行かれても、
その曖昧な"共感する勢力”は失われない。その勢力とは記憶、でもないし、
そう確信できる場面が日々実現されて、過ぎ去った記憶が、その度に
再現されている、というのが正確である。
 その日か次の日に、今度は知り合いが珍らしくふたり連れでやってきた。
そのお客様はいつもひとりで小一時間を過ごして帰られるのだが、
いつもより早めに連れ立って帰られる時に、当店のロング・セラーの
コーナーで、知り合いではない方の女性が、「私、コレここで買いました」
といってコンボ・ピアノの輝やく第一作を手に取った。
 本作は99年制作で既に13年間も私はこの作品を売り続けている。
その女性を覚えていないのだが、その交流はいつでも再現される。
 次回はそのコンボ・ピアノにまつわる話も面白いので、それをご披露しよう。
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by ihatobo | 2012-05-26 15:22 | ある日

ツグミ

今年の冬は厳しい寒さが続いた。続いた、というより厳寒が固まって
しまって 動かなかった という方が正確だった。
しかし、2~3日前にその厳寒が動き、昼過ぎにほんの少し寒さが緩んだ。
去年もその様子を書き損ねたが、自宅前のアパート、南西向きの窓の戸袋に、
毎年ツグミが巣を造る。その昼下がり 今年最初のツグミの騒ぎが始った。
 雨の降り始めだったか上がり際だったか、その鋭い鳴き声の合唱が始った。
 そのアパートの南側にはかつて小さな雑木林があり、楠か樫かに
百羽を超えるツグミが住んでいた。
寒くなる頃の夕方は彼らの合唱は辺りを圧倒し、道端ではたまたま居合せた
隣人と、大声を張らなければ挨拶もできない程であった。
いま雑木林は造成され10件程の建売りが並んでいる。

だが、その戸袋への鳥の出入り2~3年前に その戸袋へツグミが出入り
するのに気づき、昨年は彼らが古巣に戻ってきたのだ、と思った。
記録していたわけではないので確かなことではないが これから
2カ月余り経った頃に、数羽のヒナの巣立ちが見られると思うと、
少し気持が晴れる。
大震災から一年が経ち、その翌日の半端な時刻にTVを観ると
何もない道端をレポーターが何かを紹介していた。
この一年、一分以上画面を見れなかったが、この時は意外に素直に
なった。家人のいない午前中のできごとだった。

『ベドロス伯父の「ゴールド・バッハ問題」』のあと調子に乗って
『最終定理』(アーサー・C・クラーク、早川書房2010年)を読んでいる。
次回にまた。
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by ihatobo | 2012-03-21 12:29 | ある日

看板2

 この看板は年に二〜三度のことだが、突風が吹いて倒れる。
風向きにもよるが朝の具合で、ワイヤーで壁に繋ぎ固定する。
しかし倒れる時は倒れる。その時は、看板に取り付けてあるクリップランプ
もろとも電球が飛び散る。
 この店は昼間かなりデカイ音量でCDを鳴らしているが、それでもこの
飛び散りの際は聞こえる。
 更に、ひとりで埋まってCDを聞いている時など、その瞬間に当然
電圧が変わってしまうので、音が揺れる。わずかだがそれを思い出すと
気持ちいい。
 という訳で、補修約10日後に突風が吹き又も無惨に壊れた。
 今回正月明けのバタバタもあってツメが足りなかったのは知っていた
から、も一回スタッフの居る時に、と算段し土曜午前中と決めて
いたのだが、その三日前にヤラレてしまった。
 いつもの改修・補修や本、CDの整理、棚出しもそうなのだが、
スタッフがいるといないでは私の作業率違う。当り前だが、全行程の
評価では10倍は差がつく。
 ともかく、それは終了したのだが、この日は次いて切れる筈のない電球が
切れ、それもまた営業時間中であったために、応急のスタンドを立てた。
敗け惜しみ、ケガの巧妙だが照明が代わると、それはそれで楽しい。
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by ihatobo | 2012-01-15 23:19 | ある日

看板

生来の怠惰、呑気が仕事場にまで滲み出て、看板をそのままにして34年も経ってしまった。
 途中一回修理というか改修したのだったが、二〜三年以前から看板本体を支えている枠というか脚部分の接続が、その本体の老朽によって外れるようになり、それでも ダマシダマシ 使っていたがいよいよ壊れた。
 以前店内客席を照らす電球4個が、30年間一回も切れなかったことをこのブログに書いて、物耐ちの良さを伝えようとしたが、今回はダメである。
 「寒さ」が固まった今朝いよいよ改修を始めた。今回で何回目になるのか、この店は営業中であってもノコギリをひいている場合もあり、カウンター内の床、壁、天井、柵はそれら一連の作業を経て現状に辿り着いている。
 しかし、今回は一階の看板であるために午前中の作業となった。まず丸ノコ(パワー・ソゥ)で材を切り出す。設計図、デザインは先週のうちに済んでいる。というか新看板用の材を別枠で既に整っているのだが、イマひとつ全体像が見えず、それはそれで放ってある。今回は現看板の補修である。(この段階までに既に二年経っている)
 これらが『東京の喫茶店/川口葉子』(実業之日本社.11年3月)に寄稿した私のエッセー(92P)で触れた喫茶店主の営繕係の作業である。事業所はどんなに小さくても総務部がないと日常が回らない。
 作業を始めるまでが大変で、いざ始めてしまうと、様々な不備、トラブルが起こるが、その時間は自分のコントロールで流れてゆき楽しい一時となる。職場でひとり作業しているのは貴重で仲々良いものである。
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by ihatobo | 2011-12-23 01:06 | ある日

祝開店33年

 この秋で店は33年になる。
 そこで当店の“通信”He+Me=2(ヒー・アン・ミー・イズ・ツーと読む)の次号特集は、「耳」あるいは厄年33才、ミミ♪など、思いつくテーマでエッセーを、と依頼した。(たぶん10月中にはでき上がるだろう。もしこのブログ読者で思い当たる方がいたらhe.me.two@gmail.comまで原稿下さい。800字~1200字程度、9/20締切)
 さて「耳」は系統発生の魚段階ではエラ、呼吸器起源で、私たちの耳はあの尾まで伸びる「側線」に相当する。つまり外環境の速さ、方向を感覚するそれは器官である。
 そして、それはとりも直さず「時刻」を認知する器官でもある。そう考えると音と「耳」の関係に不思議なニュアンスが付け加わる。
 水中に浮いて眠っている魚を想像して欲しい。その時、魚の「時刻」は止まっている。あのイメージは「時刻」の静止なのだ。

 20世紀の美術作品に対する国際的な批評家投票で最も価値/意味ある作品に選ばれたのがマルセル・デュシャンの『便器』(1917年)だが、彼の有名なフレーズに「川のせせらぎを眺めている人を見ること(事実)はできるが、せせらぎの音を聴いている人を聴くことはできない」がある。下の句はそれが「事実」であるかどうか証明することができない、という文脈なのだが、彼はそこで「時刻」のことを考えていたに違いない。

 今月11日に武蔵野公会堂で「ありがとう&さようなら、吉祥寺」と銘打ったコンサートを打つ前野健太のうたに「100年後」がある。
 第一作『ロマンスカー』(2007年)に収録されているが、映画『ライブ・テープ』でもうたわれる。「百年後、キミと待ち合わせ」がリフレインされる。意味不明の和声(進行)を持つ曲だが、これ程見事に「時刻」を扱う詞を私は知らない。
 前野は私たちの店にほぼ10年程通っているというが、彼の佇まいは丁度あの「静止した時刻」の魚に似ている。いつも小一時間の間、窓外を眺めている彼の「時刻」は止まっている。私たちはそれを眺めている。
 デュシャンにならえば窓外を眺めてはいるにしろ果たして彼は音を聴いているのだろうか。今度尋ねてみたいものだ。
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by ihatobo | 2010-09-12 19:54 | ある日

耳のフシギ

 私は「耳がいい」とよく人に言われる。“親バカ”も含めてピアノを習っていてもよく言われる。だが私はあまり実感したことがない。
 初めて聴く曲で「あっ、これいい」と一回聴いてすぐ気に入るCDもあれば、最初は「えーっ」って思っていても何回も聴いているうちに、いつのまにか自分の心の中にインプットされている、というような事があるからだ。
 CDで聴いた曲がTVで流れてたり、その逆もある。ほんの2~3秒の事でもすぐ分かる。
 それから、身近にいる人の声が偶然流れていたCDのvocalの人に似てたりする。私の知り合いがバンドをやっていて、そのvocalの声がSlalom Dame(06年)を出したジャンヌ・バリバールという人の声に似ていることが最近あった。この時はその知り合いの娘さんとCDを聴いていて「あっ、お母さん」といったという話を聞いた。
 もしかしたら私は本当に「耳がいい」のかも知れない。
                                          (木花香子)

 上記アルバムは仏ナイーブ制作。国内はP-VINE(PCD 17378)。
 ポルトガル、仏の映画「何も変えてはならない」(監督、ペドロ・コスタ、09年)に出演している、歌手・女優のジャンヌ・バリベールの第一作で‘06に制作。
 今年になって4年振りの第二作も準備しているという。前記映画はそのリハーサルや録音、彼女の日常を撮影したドキュメンタリー。
 映画を見逃したが、観てきた友人の好意でCDを借りて店で流している。とても良い。
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by ihatobo | 2010-09-11 13:49 | ある日