『動的平衡』その2 プラス

 研究者の論考であるから、事実を集める事から始まって、共通項を見つけ、それらの事実の本質を探るのだが、その全過程で徹底した客観性が求められるのは当然で、それはそれらに隠れた匿名を浮かび上がらせる。厳密な積み重ねの末に得られる匿名は、果てしなく自由、何をしても構わない。
 科学とは、いわばそのためのインフラを整備しているようなものである。道を踏んで、どこにでも行ける。
 本新装版は、旧版に比べて、更に短くになったハシガキを据えて、前半は、そのインフラ整備の詳細と、チームを築き上げる必然が述べられている。そうして、書き進められるに従って、いつの間にか本題に入ってゆく。

 ところで、1968年のメキシコオリンピックの際に、200m走の表彰台に上がった三人の内の、勝者と三位入賞の二人が、人種差別に対する抗議を表明するために、下を向き、拳を突き上げた印象的なショットが当時報道されたが、その時に二位入賞のオーストラリア人も、その意志を持って上を向き、抗議を表明していたことが、50年を経て明らかになったそうである。
 彼らは、その期間相互に連絡を取り合っていたが、二位のノーマン選手は2006年に死亡。その前年に、二位空席のまま、この時の銅像が、カルフォニア州立サンノゼ校に建てられたという。葬儀には、残りの二人、カーロスとスミスは参列したそうである。

 二人は各々に新自由主義、グローバリゼーションに反対し、24年のオリンピック招致に反対、カルフォルニア州を批判している。
 私は、この記事を読んで、しきりに本書を想った。共にフェアなのである。選手はスポーツマン・シップと呼ばれることを誇りにするが、あたかも科学者も事実の信奉者。共に倫理を中心に据えて人生を送っている。


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by ihatobo | 2017-07-25 05:38