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『ひきしお』(エンニオ・フライアーノ 大久保昭夫・訳 角川文庫 1970→72年)

 第二次大戦後の文学を「戦後文学」と一括するが、先回の『気ちがいピエロ』同様、本書は大戦後15年を経た60年代に書かれた一冊。
 日本と同様に敗戦国であったイタリアの、明るさへ向かう物語だ。しかし、その内容は不安と混乱を極めており、この時代らしく、フロイトを祖とする精神分析の所見、レヴィ・ストロースや当時もてはやらせた学者たちの所見を下敷きにしつつ、ヒッピー文化へ向かう世相を反映して、物語は進む。

 舞台はニューヨークだが、この作家の出身であるイタリアから、次々に人々がやって来て物語に登場する。それらの目に映ったアメリカを対象化してみせ、いわばアメリカ論としても読むことが出来る。
 構成も、作家志望の中年男(48歳)と21歳の女(人妻)とのアバンチュールを日記風に記述しており、ヨーロッパの文芸/文化が相対化されており、アメリカ論を近代の実験として、著者が促えている事もうかがえる。
 主人公はニューヨークに取材の心積りで到着する。その積りでブロードウエーのある劇場に入る。そこで奇妙な女優に合う。

 さて、本格的に作品造りに取り掛かるが、雇った有閑マダムの秘書の気まぐれに付き合わされ、アメリカ人のイタリア男についての偏見からプライベートにまで巻き込まれる。その生活から逃げ出そうと、その秘書の連れ込んだ犬と公園に散歩に出掛ける。そこで、犬を連れた女優と再会するのだ。
 女は良家の御夫人だが交際が始まる。やっと普通の恋愛小説になるのかと思いきや、リーザは「ほんとうの犬なのだ」という。単なるアナロジィではなく、女優リーザ夫人は犬のように嗅ぎ回り、中年男に迫る。
 作者は、フェデリコ・フェリーニの『甘い生活』『8と2分の1』にシナリオ作家として参加している。本作は、そうした著者自身の人生を色濃く反映させているらしい。(あとがきより)

by ihatobo | 2016-09-09 10:03