『夜』(橋本治 その2)

 第4話「暁闇」のとこがドキリとするかといえば、男性同士の性愛のことではなく、「好きになっちゃった」から「会わない」という男は、まず、どの場合の恋愛当事者には、ごく一瞬の間でも起こり得るし、その男の「正体」を知りながら受け入れる男というのも十分あり得る話である。
 そして、その男たちを眺めながら「両手に花」を楽しむ女というのも、よく見る話である。つまり、単に恋愛小説であるにも関わらず、何かがドキリとさせるのだ。

 主人公三人は、自分達の内にある欲望に翻弄される。三人のうちの一人の欲望に、他の二人のどちらかが応える。応えようとするのも、その一人の欲望である。「応えたい」という。その「欲望」の連鎖が改たな「欲望」を引き擦り出すという具合だ。
 その事情をサイドで読んでいた女性エッセー「持たない暮らし」(下重暁子 中経の文庫 2000→08年)が述べられている。「必要」な「本物」は一目で分かるから「ちょっといいもの」を買うな、と下重はいう。本物は永く付き合える、と。
 つまり、主人公三人はいづれも自分に芽生えた欲望に従っている。それだから、三人といえども、他人の性にはしない。真っ当に自分の生を生きている。

 それが「本物」に読めるから、この物語は悲しい。読んでいて頭がこんがらがるのだが、ヘトヘトになりながらもページを綴った。
 ただ読み終わると、この物語の本当の主人公は登場しない「父」ではないかと思った。唯一文中に、「抽象的な意味を持った特殊な感情」が父ではないかと男が語る。
 機重にも哀しい物語である。
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by ihatobo | 2016-05-02 09:58