過日、写真家の田附勝が『東北』(リトルモア)の編集者、浅原さんと共に来店した。
田附は当時高橋恭司のアシスタントをしていた縁で、彼が私に紹介してくれた。その頃の話をすると田附はいう。「何も分ってなかった」
というのも高橋の仕事で海外に随行した折に、高橋のマネージャーが彼の動きの悪さに苛立ち『田附、オマエ何がしたいんだ』と詰問したところ「いやー、ゆくゆくは喫茶店ですかねー」と答えたという。開いた口が塞がらない、とはこのことである。
それから20年近く、今回彼は『東北』で見事木村伊兵衛賞を受賞した。いや立派である。
今回彼から受賞の際の経緯を聞くと、本ブログで再三触れるように、「世の中、説明してくればかりでさー」と嘆く。
その写真を眺めていれば、それ以上でも以下でもないことが分る筈なのだが、そうした写真にまつわる諸々も無くならないのもまた事実なのだ。
しかし、こうした価値のある仕事についてその意味を尋ねたがる“批評家”が多すぎる。その『東北』を買い、これぞという方にただプレゼントすればいいではないか。
田附も高橋も何故写真を撮っているのか、コトバで説明するのは難しい、と感じているに違いない。
意図や動機は、例の“線分”問題と同じでゼロから無限大までが、常にモワしているだけに過ぎない。
私達の店は何の賞も得た事はないが、常に意図や動機はモワしており、それは藪の中である。
そうした会話を楽しんで、「じゃ、また来る」といって彼らは帰って行った。
田附は当時高橋恭司のアシスタントをしていた縁で、彼が私に紹介してくれた。その頃の話をすると田附はいう。「何も分ってなかった」
というのも高橋の仕事で海外に随行した折に、高橋のマネージャーが彼の動きの悪さに苛立ち『田附、オマエ何がしたいんだ』と詰問したところ「いやー、ゆくゆくは喫茶店ですかねー」と答えたという。開いた口が塞がらない、とはこのことである。
それから20年近く、今回彼は『東北』で見事木村伊兵衛賞を受賞した。いや立派である。
今回彼から受賞の際の経緯を聞くと、本ブログで再三触れるように、「世の中、説明してくればかりでさー」と嘆く。
その写真を眺めていれば、それ以上でも以下でもないことが分る筈なのだが、そうした写真にまつわる諸々も無くならないのもまた事実なのだ。
しかし、こうした価値のある仕事についてその意味を尋ねたがる“批評家”が多すぎる。その『東北』を買い、これぞという方にただプレゼントすればいいではないか。
田附も高橋も何故写真を撮っているのか、コトバで説明するのは難しい、と感じているに違いない。
意図や動機は、例の“線分”問題と同じでゼロから無限大までが、常にモワしているだけに過ぎない。
私達の店は何の賞も得た事はないが、常に意図や動機はモワしており、それは藪の中である。
そうした会話を楽しんで、「じゃ、また来る」といって彼らは帰って行った。
# by ihatobo | 2012-05-19 11:16
