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『東北』(田附勝 リトルモア 2011年)

 過日、写真家の田附勝が『東北』(リトルモア)の編集者、浅原さんと共に来店した。
 田附は当時高橋恭司のアシスタントをしていた縁で、彼が私に紹介してくれた。その頃の話をすると田附はいう。「何も分ってなかった」
 というのも高橋の仕事で海外に随行した折に、高橋のマネージャーが彼の動きの悪さに苛立ち『田附、オマエ何がしたいんだ』と詰問したところ「いやー、ゆくゆくは喫茶店ですかねー」と答えたという。開いた口が塞がらない、とはこのことである。
 それから20年近く、今回彼は『東北』で見事木村伊兵衛賞を受賞した。いや立派である。
 今回彼から受賞の際の経緯を聞くと、本ブログで再三触れるように、「世の中、説明してくればかりでさー」と嘆く。
 その写真を眺めていれば、それ以上でも以下でもないことが分る筈なのだが、そうした写真にまつわる諸々も無くならないのもまた事実なのだ。
 しかし、こうした価値のある仕事についてその意味を尋ねたがる“批評家”が多すぎる。その『東北』を買い、これぞという方にただプレゼントすればいいではないか。
 田附も高橋も何故写真を撮っているのか、コトバで説明するのは難しい、と感じているに違いない。
 意図や動機は、例の“線分”問題と同じでゼロから無限大までが、常にモワしているだけに過ぎない。
 私達の店は何の賞も得た事はないが、常に意図や動機はモワしており、それは藪の中である。
 そうした会話を楽しんで、「じゃ、また来る」といって彼らは帰って行った。

# by ihatobo | 2012-05-19 11:16

『マリワナ青春旅行』(麻枝光一 幻冬舎 アウトロー文庫)

 著者の前田さん(麻枝はペンネーム)と最近知り合い、著作があるということで本作を読んだ。
 タイトルとその内容(旅行記)とも危険なので、書店で見かけても手に取らなかった本である。
 たとえば私は音楽や喫茶店に興味も関心もあるので、その類を見ればページを開いて眺める。しかし、興味も関心もあるが、それを見ずに敬遠してやり過ごしてしまうこともある。つまり、類書の中から良書を見つけるのに手間と暇がかかるから。
 しかし、この本は「いい本」である。
旅行も苦手でその行く先々の事柄を記した本も縁遠い。だがその距離感があったのが幸いしたのか、上下巻を流れるように読んだ。
 いわゆるドラッグ類には無知でその分類や薬効に関してはスルーしたが、マリワナの正確なデータと、その愛好家である前田さんの人柄を、行き来して眺めても、本書のドラッグに関する記述は充分にリアリティがあり、説得的である。
 それが「いい本」である所以で、91年発行、97年文庫化で現在15刷という実績にも納得できる。
 意図が先行して意味が余りない本が、威しをかけてくる最近の出版状況の下に、本書は貴重だと思った。
 ひところ「イミ分んなーい」と若者に躱されていた上司たちが、それに対して自分の出す指示に付け加えて、近頃は(今言ったことの)「イミ分ってんのか」と威しをかけるという。
 本書のように穏やかだが力のある指示ならば、老若男女を問わず“伝わる”と思った。
 上下巻とも当店で売っています。

# by ihatobo | 2012-04-29 17:10

『生きるとは、自分の物語をつくること』

 当店の自主本シリーズの一冊目『秘密の喫茶店(熊野宏昭×今沢裕 1987)は、開店当初、経験的な知識と職能を持って店を始めたのはいいとしても、私は店をどう考えているのかを案内するコトバを持っていなかった。そこで心療内科医である熊野宏昭に、場所、コミュニケーションについてインタビューするカタチで企画された。
 熊野は場所(箱庭)、患者との面接についてたくさんの経験的知識(職能)とコトバを持っていた。
 その熊野に紹介されたのが河合隼雄と中村雄二郎の対談本『トポスの知』(TBSブリタニカ 1984)である。熊野は「この箱庭の空間とイーハの空間に高い類似性を見い出している」と前記自主本の補注で述べる。
 それ以前に児童文学、コミクスに興味を持っていた私は河合の『昔話の深層』などを読むには読んでいた。
 私が河合から受け取っていたコトバは、多すぎて一言にはならないが、自主本で述べられているように、箱庭によるカウンセラーの役割、つまり、「解釈しないで鑑賞して下さい」という発言が、本書でも述べられる。
 店の日常で日々戒めのコトバとして私はこのことを念頭においている。この店は日々9割方が見知らぬお客様で占められている。英語の意味でリピーターがいることは私も知っているが、いわゆる“常連”という日本語に該当する方はいない。店側とお客様で交わす会話が極端に少なく短い。
 「来られた人が自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような<場>を提供している」と河合はいうが、一点の曇りもなくこれは私のコトバである。
(偶然を)起こしてくれる<場>/黙っていられるかどうか/自分の知っている範囲で全力を尽くす/いいとこ取り/(秘密を)すぐ忘れます(黙秘義務)等も語られる。
 そして、河合さんがこの対談シリーズの途中で亡くなられた為に、小川さんが「少し長いあとがき」を書いている。
 彼女はいう、(河合さんのように)私は物語に奉仕する者だ。と。
 それも「すべて滞りなく一続きにつながる」ように私に届いた。彼らのコトバは私の仕事場と、それを展開している私たちに勇気や希望を与えてくれる。

# by ihatobo | 2012-04-15 09:20

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